2011年ウクライナ政府報告書(抜粋和訳)4:被ばくによる初期と長期の影響−−急性放射線症候群、放射線白内障とその他の眼疾患、免疫系への影響


2011年ウクライナ政府報告書

ウクライナ政府がチェルノブイリ事故の25年後に出した報告書の英訳版より、事故処理作業員や住民とその子供達の健康状態に関する部分から抜粋和訳したものを、下記のように6部に分けて掲載する。また、他のサイトで和訳がされている部分もあるが、英訳版の原文で多く見られる不明確な箇所がそのまま和訳されていた。ここでは、医学的に意味が通るように意訳をした。

1. 避難当時に子供だった人達の健康状態 立ち入り禁止区域から避難した子供達の健康状態の動向 2. 甲状腺疾患 小児における甲状腺の状態 ウクライナの小児における甲状腺癌 3. 汚染区域に居住する集団の健康についての疫学調査 ●確率的影響 ●非癌疾患 ●非癌死亡率 4. 被ばくによる初期と長期の影響  ●急性放射線症候群  ●放射線白内障とその他の眼疾患  ●免疫系への影響 5. チェルノブイリ事故の複雑要因の公衆衛生への影響  ●神経精神的影響 6. ●心血管疾患  ●呼吸器系疾患  ●消化器系疾患  ●血液疾患




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4. 被ばくによる初期と長期の影響
 ●急性放射線症候群
 ●放射線白内障とその他の眼疾患
 ●免疫系への影響


急性放射線症候群

1986年に, 237人が急性放射線症候群(ARS)の診断を受けた。1989年に実施された綿密で遡及的な分析の結果、実際に急性放射線症候群が確認されたのは134人に減ったが、この内28人は事故後の最初の3ヶ月以内に亡くなっていた。ウクライナ国立放射線医学研究所では、当初、急性放射線症候群の診断を受けた239人のうちの190人を、事故後の25年間追跡調査しているが、1987年から2010年の間に、ウクライナ在住の39人が亡くなっている(図3.58)。




全体的に頻度が1番高い死因は癌(15症例)と心血管系疾患(12症例)であった。他の死因は、重度の肝硬変、進行性の肺結核、脳炎、足の骨折後の脂肪塞栓症、事故やトラウマであった(表3.37)。 



25年の研究の間に、急性放射線症候群の診断を受けた人達の主要臓器とシステム、代謝とホメオスタシスの機能状態を調査した。この結果、このグループの健康、精神的、身体的性能が包括的に評価された。そして、リスク要因の発達と確率的・非確率的病態の特徴が確認され、急性放射線症候群になった患者のリハビリテーションのシステムが構築された(訳者注:文脈から、「リハビリテーション」は、ここでは「治療、回復と社会復帰」を意味すると思われる)。

急性放射線症候群を生き延びた患者は、内臓器官やシステムの慢性疾患をわずらっている(一度に5〜7、もしくは10〜12の診断)。
 ●事故後の最初の5年の間には、心血管系疾患、消化器系疾患、神経系疾患と肝胆道系疾患が急激に増加した。
 ●次の20年間の間には、増加のペースは落ちたが、身体的症状を持つ患者は85から100%に達した(図3.59)。



癌は、主に様々な部位の固形癌だった(表3.38)。事故後の最初の10年で悪性血液疾患は5症例見つかり、次の15年間では固形腫瘍が出始めた。悪性腫瘍と心血管系疾患によって死亡した患者の53%の年齢は、ウクライナの平均余命より低かった。



事故後、24人が典型的な放射線白内障を発病した。このうち、10人はARS3度、8人はARS2度、3人がARS1度で、3人がARS未確認(ARS NC)だった。放射線白内障のほぼ全症例(96%)は、被ばく後15年の間に発病した(図3.60)。水晶体の病理研究によると、放射線白内障は、放射線の確定的影響ではなく、確率的影響であるかもしれないことが示された。




放射線被ばくの晩発期の放射線白内障の罹患率は、被ばく線量と被ばく期間の対数に依存して増加した。

急性放射線症候群の患者の中で、被ばく線量が1 Gyから3 Gyだった人達の造血システムを事故後初期と後期に継続観察したら、骨髄と末梢血内の数値が徐々に正常化した反面、核と細胞質の細胞構成要素において多数の質的な不規則性が維持されているのが明らかになった(図3.61−3.64)。




細胞核の不規則性の度合いは、電離性放射線によって引き起こされた損傷の予後を予測する基準となる。これらの物質は、放射線生物学の基本的法則と相関し、吸収線量が大きいほど細胞周期の遅滞が大きくなったことを示した。これは、骨髄からの幹細胞の喪失だけでなく、コミットした細胞の一部分の喪失、そして部分的には間期細胞死と繋がりがある。 染色質の構造の変化は、有糸分裂が可能な若い細胞ではパラパラになった物質、有糸分裂の能力を失った細胞では染色質の過剰な濃縮としてみられた。後者の場合、よく、電子が透過する部分が局部的に1〜3ヶ所できた。これらの特徴は、アポトーシスしている細胞に固有のものだった。一部の顆粒白血球の細胞質では1次顆粒と2次顆粒が見つかったが、ほとんどの場合は脱顆粒して細胞質に空洞がある細胞だった。時には、顆粒白血球の細胞核が、空洞によって歪められてまでいた(図3.65−3.67)。



骨髄内の赤血球生成の(赤芽球)島では、マクロファージの周囲の赤芽球の不足という異常がみられた。造血の巨核球系統では、血小板成熟障害、空洞化とムコ多糖体の喪失という変化がみられた。
骨髄の回復には1年から3年かかり、その動態を追跡するのは、今でも科学者にとって非常に興味深いことである。回復への移行期には、骨髄内で若い世代の細胞の数が増え、骨髄生体検査では形成不全と過形成の部分が交互にみられる。このような骨髄の再生は、形態機能的な指標の総合的な分析も含めて、複数の過程で発現する可能性がある。    1)末梢血液の正常化を伴う完全な回復    2)血球減少が残存する形成不全    3)汎血球減少と将来的な血液腫瘍疾患の発症を伴う骨髄抑制 事故後の時期には、急性放射線症候群の患者や急性放射線症候群未確認(ARS NC)の人達で、様々な血液症候群がみられたが、ほとんどが成熟した末梢血液細胞の分化の末端部分と関連していた。汎血球減少の頻度は、急性放射線症候群1度〜3度での方が、急性放射線症候群未確認のグループよりも高かった(図3.68)。


被ばく後の最初の5年間の汎血球減少の高頻度は、5年以降は減少傾向がみられた。25年間でみられたすべての血液症候群の頻度は、急性放射線障害症候群の患者においての方が、急性放射線症候群未確認の人達よりもかなり高かった(図3.69)。


ドイツの研究者との協力の下、チェルノブイリ事故や他の放射能事故の被ばく者の調査のための国際コンピューターデータベースが作られた。このデータベースには、2,390人の急性放射線症候群の患者および急性放射線症候群未確認の人達の病歴が含まれている。 放射線白内障とその他の眼疾患 チェルノブイリ事故以前には、放射線白内障は線量負荷が2 Gy以上でのみ起こるのだと思われていた。しかし、1990年にはこれよりも低い線量での白内障の発現が報告されていた。1992年には、放射線白内障の特定のピークが1997年に起こるであろうと予測された。これは、チェルノブイリの被害者における放射線白内障の2つの独立した研究によって証明された。これらの研究機関は、ウクライナ国立放射線医学研究所(Research Center for Radiation Medicine、略称RCRM)の「臨床疫学的登録」(Clinical-Epidemiological Registry、略称CER)と、国際研究組織の「ウクライナ・アメリカ合同のチェルノブイリ眼研究 」(Ukrainian/American Chernobyl Ocular Study、略称UACOS) である。
現在、典型的な臨床像を持つ放射線白内障は223症例が知られている。  ●UACOSの最初の結果は、2 Gyよりもっと低い線量の閾値の可能性を示した。年齢グルー プによっては、閾値がおよそ0.1 Gyだった。閾値は白内障の種類に依存し、0.7 Gy以上にはなり得なかった。
 ●CERの調査結果の分析によると、典型的な放射線白内障は0.1 Gy以下の線量で起こった。5年間被ばくのリスクを受けた後の、被ばく線量による放射線白内障の絶対リスクは、図3.70に示されている。


放射線白内障のモデルによると、放射線による集積相対リスクは1 Gyあたり3.451(1.347, 5.555, p<0.05)だった。白内障の発達は、また、放射線被ばくの期間にも影響された。この研究での放射線白内障の閾値は定められなかった。潜伏期間は22年以上であり得る。これらの研究と数学的モデルにより、放射線白内障が放射線被ばくの確率的影響であると証明される。
国際”ピッツバーグ・プロジェクト”の結果と、それと並行して実施されたイヴァンキフ長期研究によると、小児における水晶体の最初の変化は、土壌の放射能汚染が非常に低い濃度で起こる。
チェルノブイリ事故の被災者では、新しいタイプの放射線網膜症が2つ見つかっている。  ●”チェスナッツ症候群”(初期と後期)[“Chestnut Syndrome” (early and late)]  ●”放射線格子症候群” (“The Syndrome of Radiation Grating”)

また、確定的影響の徴候を持つ、新たな放射線の影響もある。
 ●レセプター複合体としての目の機能は、網膜の永久電位の発生が伴う。放射線被ばくは、この網膜電位の発生を妨害する。閾値は200 mSvである。
 ●放射線被ばくは、線量と相関した視力調節の低下を引き起こす。閾値は150 mSvである。



免疫系への影響

ウクライナ放射線医学研究所で1987年に開始された免疫系の調査は、世界的な放射線生物学の既存の経験に基づいていた。人間の免疫系への低線量の電離性放射線の影響の研究においては、放射線の影響を、様々な負の環境因子、放射性同位体の割合への病理変化の依存性、放射性物質への被ばく期間と被ばくルート、体組織・臓器・個人の放射線感受性の特徴などと区別するのが大変困難である。

免疫機能の調査(図3.71)によると、165,000人以上の色々なカテゴリーの被災者においての、晩発期の免疫機能障害の頻度には著しい増加が見られ、事故処理作業員においての増加が最も際立っていた。急性放射線症候群の患者における免疫系の変化は、放射能被ばくの5年後には、Tリンパ球とBリンパ球の機能抑制と非特異性の抵抗メカニズムの機能不全を伴う、放射線誘発性の複合型免疫不全症に特徴づけられた。




事故後10年で、急性放射線症候群の患者の32%に免疫系の代償性変化が発現し、37%は免疫調節異常の変化を示した。細胞免疫欠陥は31%でみられた。被ばくから15〜25年後には、前駆細胞分化の障害のために、末梢血中での前駆細胞の量が増加し、CD123w抗原(IL-3レセプター)の表現が減少した(図3.72)。



急性放射線症候群の患者では、晩発的に、細胞傷害性Tリンパ球(キラーT細胞)を含むTリンパ球、Bリンパ球と、系統的に一番古いナチュラルキラー細胞のように、免疫細胞の中で回復したものもあった。細胞亜集団とその機能活性は線量に依存して妨害され続けており、それは、細胞亜集団の中には代償的予備の消耗がみられるものがあることを示す。CD34+ 細胞の全集団の相関係数は−0.48と、かなり大きかった。この結論は、図3.73でみられるように、初期の前駆細胞の分析によって確認されている。



低線量と中線量の放射線による晩発的影響の研究は、(訳者注:放射線との因果関係が不明な)身体的および心身症的な疾患の存在のため、非常に難しい。
低線量の放射線による免疫系への影響は、次のような主要因に左右される。  ●非致死的な放射線誘発性の細胞損傷(機能的欠陥を持つの増殖)  ●液性因子による拡散効果  ●免疫反応の変化(神経免疫要因と脂肪代謝の変化およびそれに伴う障害)
 ●適応システムの反応(細胞周期の放射線抵抗性段階への移行。未成熟細胞の段階的かつ線量依存的な生産と非特異的な活性化。) この調査の結果は、慢性閉塞性肺疾患、慢性肝炎や脳血管障害などの晩発的な慢性身体性疾患を持つチェルノブイリの事故処理作業員においての、非特異的な有糸分裂促進因子および組織と微生物の抗原に対する白血球、特にリンパ球の反応の変化を示すものである。CD25やCD71、そして程度は低いがHLA-DRなどのリンパ球の表面活性抗原の発現の変化により、明確な影響が現れた。疾患によっては、反応の減少と増加の両方が発見された。このような変化の機序の可能性としては、放射線誘発性の損傷が未修復のままであることと、抗原反応性細胞の抗原活性化に誘発されるアポトーシスや非特異性の免疫抑制などの一連の二次的効果などが最初に考えられるべきである。

事故処理作業員と30キロ圏内の作業員のグループでは、テロメアの長さがかなり短いのがわかった。そして、テロメアの長さと、アポトーシスの初期段階に入る細胞数および被ばく集団の被ばく年数とには、反比例の関係がみつかった(図3.74)。



また、アポトーシス抑制タンパク質のBcl-2を表現している細胞の多くが保存され、アポトーシス誘発物質であるベラパミルの生体外実験でも、これらの細胞の平均指標に著しい変化は起こらなかった。これにより、細胞集団の中で、テロメアの長さとアポトーシス開始に関して多様性があるのではないかと考えられる。

放射能と活性酸素の影響により、サイトメガロウイルス(CMV)の遺伝子発現が増加することがある。これが、チェルノブイリの事故処理作業員と急性放射線症候群の患者におけるサイトメガロウイルス血清陽性やサイトメガロウイルス再活性化の増加の理由かもしれない。サイトメガロウイルスの感染力の増大は、サイトメガロウイルス陽性の患者においての慢性胃炎や気管支炎、そして諸タイプの関節炎などの身体的疾患の発生率の増加と関連づけられている。
慢性リンパ性白血病(CLL)の患者のリンパ系細胞のIgHV遺伝子と抗菌性抗体や抗ウイルス性抗体の間にはかなりの相同関係がみつかっている。ウイルスや細菌感染は、自己抗原やアポトーシスした細胞との相乗効果により、慢性リンパ性白血病を誘発する可能性がある。チェルノブイリで被災した慢性リンパ性白血病の患者における抗体が、ウイルスや細菌の構成部分と反応する抗体と一致するという所見は、チェルノブイリ事故の四半世紀後でさえも、感染症が慢性リンパ性白血病の病因に貢献しているかもしれないことを証明する。

過去24年間の研究により、低線量被ばくにおいての免疫系の細胞反応があるのがわかったが、この反応は初期の免疫系の回復時と晩発時どちらの時期でもみられる。チェルノブイリ事故の被災者の調査結果は、実験的な放射線生物学のデータを拡大すると同時にそのデータと合致するものであり、免疫系への影響において放射線が主な要因であることを証明するものである。


2011年ウクライナ政府報告書(抜粋和訳)3:汚染区域に居住する集団の健康についての疫学調査−−確率的影響、非癌疾患、非癌死亡率


2011年ウクライナ政府報告書

ウクライナ政府がチェルノブイリ事故の25年後に出した報告書の英訳版より、  事故処理作業員や住民とその子供達の健康状態に関する部分から抜粋和訳したものを、下記のように6部に分けて掲載する。また、他のサイトで和訳がされている部分もあるが、英訳版の原文で多く見られる不明確な箇所がそのまま和訳されていた。ここでは、医学的に意味が通るように意訳をした。

1. 避難当時に子供だった人達の健康状態
立ち入り禁止区域から避難した子供達の健康状態の動向
2. 甲状腺疾患 
 小児における甲状腺の状態
ウクライナの小児における甲状腺癌
3.  汚染区域に居住する集団の健康についての疫学調査   ●確率的影響
 非癌疾患
 非癌死亡率
4. 被ばくによる初期と長期の影響
 ●急性放射線症
 ●放射線白内障とその他の眼疾患
 ●免疫系への影響
5. チェルノブイリ事故の複雑要因の公衆衛生への影響
 ●神経精神的影響
6. ●心血管疾患
 ●呼吸器系疾患
 ●消化器系疾患
 ●血液疾患



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3.  汚染区域に居住する集団の健康についての疫学調査
 ●確率的影響
 ●非癌疾患
 ●非癌死亡率

このセクションは、ETV特集「シリーズ・チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告 第二回 ウクライナは訴える」(2012.9.23)でも取り上げられたので、完訳した。
http://www.dailymotion.com/video/xtx7lk_yyyyyyyyy-2-yyyyyyyyy_news#.UeeUqFO9wYw
この動画の完全文字起こしは、「MICKEYのブログ」を参照。 http://blogs.yahoo.co.jp/ueda_beck/9785121.html  

汚染区域に居住する集団の健康についての疫学調査

確率的影響

チェルノブイリ事故から時間が経過してからの甲状腺癌の罹患率の増加における放射線の影響を考慮するには、もう少し詳しい説明が必要になる。
 
●ウクライナ全体としては、チェルノブイリ前の時期に比べて、甲状腺癌の発症は自然発生の発症率と比べて、男性では2倍、女性では3倍となった(図3.44)。





次の図3.45は、汚染が最大だった地域での甲状腺癌の罹患率の動態を反映している。
●汚染が最大だった地域の住民における事故前(1980−1986年)の甲状腺癌の罹患率は、10万人対で1.2だった。
事故後、甲状腺癌は急激に増加し、1987−1991年には2倍に、1992−1996年には4.5倍、そして1997−2001年には8.3倍になった。
●2002−2007年の罹患率がその前の時期より34.1%減ったのは、子供を持つ若い家族などの、甲状腺癌のリスクが一番高い集団の汚染地域からの移住などを含む複雑な要因のせいであろうと思われる。また、最小年齢で被ばくしたグループにおける放射線リスクの時期が終わった可能性があることを指摘することも必要である。


チェルノブイリ事故の影響による甲状腺癌の罹患率をウクライナ全体と比べると、避難住民では4.4倍、最も汚染がひどい地域の住民では1.35倍と、際立っていた(表3.30)。これは、甲状腺の放射性ヨウ素への被ばくに関連している。


長期モニタリングの分析によると、被ばくした集団での他の悪性腫瘍の罹患率は、国全体の罹患率を超えなかった。避難住民と汚染区域の住民のほとんどでは、この罹患率はウクライナ全体よりもかなり低かった(表3.31)。


避難住民と汚染区域の住民における乳癌の発症率は国全体より低かったが、実際の症例数には増加傾向があった(表3.32)。乳癌を発症した女性らは、事故前には乳癌の罹患率が比較的低い地域に住んでいたことを念頭に置くべきである。




非癌疾患

チェルノブイリ事故後25年間で実施された調査によると、避難者の健康状態は避難後にかなり悪化した。障害と死亡率の主要因は非癌疾患である。非癌疾患のために、1988年から2008年にかけて、避難者の中で健康な人は、67.7%から21.5%に減少し、慢性疾患を持つ人は31.5%から78.5%に増加した(図3.46)。




 ●5年ごとの非癌疾患罹患率の変化の疫学的分析(図3.47)によると、疾患が最も多く起こったのは、1998年から2002年だった。
 ●1998年から2007年の期間にかけてのほとんどの疾患罹患率のゆるやかな減少は、前半では新たに診断された疾患が含まれているのと、コホートの中で死亡した人達がいたと言う可能性がある。



 ●しかしながら、事故当時に0−14歳、そして15−18歳の子供として被ばくした人々においての非癌疾患の発達は、まだ持続している。低線量の放射線の非癌疾患の発達(低線量電離性放射線の長期にわたる影響)と、放射線以外の要因も排除できない。

1988年から2007年の間に、避難者の非癌疾患罹患率には個々の病気の種類や疾病分類学的カテゴリーにかなりの変化がみられた。

2003−2007年期には、それまでの期間すべてと比較して、中毒性結節性甲状腺腫の罹患率がかなり増加した。1988−1992年期と1993−1997年期よりも統計学的に有意な増加がみられたのは、後天性甲状腺機能低下症と肝臓・胆道系・膵臓を含む消化器系疾患であった。甲状腺炎、自律神経血管失調症を含む神経系と感覚器官の疾患、脳血管疾患、呼吸器系疾患、胃潰瘍と十二指腸潰瘍、泌尿器系と筋骨格系疾患の罹患率がかなり超えたのは、1988−1992年期のレベルのみだった。その他の疾患では、統計学的に低い結果がみられた。

似た様な変化は、非癌疾患の構成にもみられた(図3.48)。



 ●1988年の非癌疾患の分類の大半(91.4%)は、 心血管系疾患、 呼吸器系疾患、消化器系疾患、神経系と感覚器官の疾患、筋骨格系疾患、内分泌系疾患、そして 泌尿生殖器系疾患で占められていた。   

  ●2007年には同じ疾患が大半を占めていたが、構成の中での順番が変わった。心血管系疾患の貢献が減少して2番目となり、消化器系疾患が1番となった。呼吸器系疾患が占める割合が減ったが、神経系と感覚器官の疾患、そして内分泌系と泌尿器系疾患も幾分か増加した。

非癌疾患の有病率と罹患率の動態には性別による違いがみられ、女性は男性よりも有病率が20.0%高く、罹患率が30.9%高かった(図3.49)。



有病率の最大の違いは、甲状腺疾患(1.6倍)を含む、内分泌系疾患でみられた。

 ●女性では、中毒性結節性甲状腺腫、甲状腺中毒症、後天性甲状腺機能低下症を伴う、または伴わない甲状腺腫、そして甲状腺炎は、2倍以上だった。また、糖尿病(1.8倍)と泌尿生殖器系疾患(2.1倍)が多かった。女性における白内障は1.7倍で、脳血管系疾患は1.5倍だった。しかし、胃潰瘍と十二指腸潰瘍の罹患率は男性の方が高かった。

新しく診断された疾患数によると、女性で過剰にみられたのは、後天性甲状腺機能低下症(3.3倍)、甲状腺中毒症(3.6倍)、非中毒性結節性甲状腺腫(2.8倍)を含む甲状腺疾患(2倍)だった。2倍以上みられたのは、白内障、脳血管系疾患、肝臓・胆道系・膵臓疾患と泌尿器系疾患だった。どの時期でも、非癌疾患は、40歳未満コホートよりも40歳以上コホートで、もっと多くみられた(図3.50)。



特に、冠動脈疾患と脳血管疾患を含む、心血管系疾患のレベルに大きな違いがみられた(図3.51)。



甲状腺疾患の中には、動態にかなりの変化がみられたものもあった。1993−1997年期以来、非中毒性結節性甲状腺腫、後天性甲状腺機能低下症と甲状腺炎は、40歳以上コホートにおいてより多くみられている(図3.52)。




甲状腺と全身に被ばくを受けた成人の避難者においての非癌疾患には、線量に関連する著しい影響がみられた。

 ●甲状腺被ばく量の0.3 Gy以上2.0 Gy未満では、冠動脈心疾患と脳血管疾患を含む心血管系疾患と筋骨格系疾患と線量の間に確かな関連がみられた。
 甲状腺被ばく量が2.0 Gyに近づくにつれ、上記の疾患のリスクが増加し、また、精神疾患と消化器系疾患のリスクが確かであることが示された(表3.33)。 


全身外部被ばく量は、避難者における非癌疾患の発達に著しい影響を与えた。
 ●リスク分析の結果によると、非癌疾患の中には、相対リスク(RR)の増加がみられたものもあり、被ばく量が増えるに従ってリスクが増加した。ほとんどの疾患においての最大のリスクは、0.25-0.32 Gyの被ばく量でみられた(表3.34)。



 ●対照群と比較すると、統計学的に確定されたリスクを持つ疾患が一番少なかったのは、全身被ばく線量が0.05−0.099 Gyのサブコホートだった。全身被ばく線量が0.1−0.249 Gyに増えるにつれ、白内障、本態性高血圧、脳血管疾患や泌尿器系疾患などの、相対リスクがかなり大きな疾患の数が増えた。
 ●被ばく線量と確かな相関性を持つ非癌疾患の数が一番多かったのは、全身被ばく線量が0.25−0.32 Gyのサブコホートだった。統計学的に有意な相対リスクは、甲状腺疾患、白内障、冠動脈系心疾患、脳血管疾患、胃炎、十二指腸炎、肝臓・胆管系疾患、膵臓疾患、泌尿器系と前立腺疾患、骨疾患、と軟骨疾患でみられた。被ばく線量の増加と共に、相対リスクの値が大きくなった。
 ●1 Gyあたりの過剰相対リスクと過剰絶対リスクの計算結果は、成人の避難者における非癌疾患の一部に確かな線量依存性を証明した。
 ●全身被ばく量が0.25−0.32 Gyと最大である避難者における過剰絶対リスクが最大だと確定されたのは、冠動脈系心疾患、本態性高血圧、肝臓・胆管系疾患と筋骨格系疾患だった。また、過剰絶対リスクが高かったのは、甲状腺を含む内分泌系疾患、泌尿器系疾患、骨疾患と軟骨疾患だった。
 ●1 Gyあたりの過剰相対リスクの計算結果は、また、成人の避難者の集団における非癌疾患の一部に確かにみられる線量依存性を証明するものである。過剰相対リスクは、白内障で最大のであった。また、過剰相対リスクが大きかったのは、糖尿病、甲状腺炎、脳血管疾患、泌尿器系疾患と前立腺疾患だった。

ウクライナでの研究では、放射線被ばくは、加齢性白内障、黄斑変性や網膜血管障害を含む加齢性眼疾患の発達を加速したことが証明された。被ばく線量は、加齢と相乗効果を持つ要因である。
 ●加齢性白内障の相対リスクは、被ばく年数1年につき1.139(1.057, 1.228)であり、 年齢1歳につき2.895(2.529, 3.313)、dが被ばく線量(Gy)でtが被ばく年数であるところの1√(d * t)につき1.681(1.033, 2.735)である。
 ●黄斑変性の相対リスクは、年齢1歳につき1.727(1.498, 1.727)、dが被ばく線量(Gy)でtが被ばく年数であるところの1√(d * t)につき6.453(3.115, 13.37)である。
 ●網膜血管障害の罹患率の線量依存性が初めて示された。30−70 cGy(注:0.3−0.7 Gy)を被ばくした集団における網膜血管障害の罹患率を、0.3 Gyを被ばくした集団と比較した相対リスクは、1.65(1.02, 2.67)で、x2=4.15、p=0.041だった。
 

非癌死亡率

疫学調査の結果によると、成人の避難者における非癌疾患の死亡率は1988ー2007年期には、緩やかに増加した。最大の死亡率は、2003−2007年期にみられ(図3.53)、この頃には男性と女性の死亡率がほぼ同じになった。



 ●観察期間全体を通して、心血管疾患が45 %から83 %を占めて最大の死亡率に貢献し、2007年には89%まで到達した(図3.54)。



成人の避難者の死亡率に貢献している他の疾患は、呼吸器系疾患(1.3%から12.5%)、消化器系疾患(0.7%から8.1%)、そして神経系・感覚器官の疾患(0.2%から4.0%)だった。

 ●心血管系疾患の中で一番多かったのは、冠動脈系心疾患(39.5%)だった。2007年には、冠動脈系心疾患による死亡率は男性の66%、女性の60.3%でみられた。また、心血管系疾患の中で、本態性高血圧症は11%、脳血管系疾患は3.4%を占めた。心血管系疾患、特に冠動脈系心疾患は主な死因であるが、2003−2007年期の避難者における心血管系疾患による死亡率(1000人年につき11.8±0.22)は、1988−1992年期当初(1000人年につき6.9±0.2)のほぼ2倍である。本態性高血圧症による死亡率は、最初の3期間ではほぼ同じであったが、2003−2007年期において著しく増加した(図3.55)。



 ●死亡率の顕著な増加は、また、神経系・感覚器官の疾患、呼吸器系疾患(主に肺気腫を伴う慢性気管支炎)と消化器系疾患(主に肝・胆道系・膵臓疾患)でみられた。内分泌系疾患による死亡率は、主に糖尿病によるものだった。

 ●泌尿生殖系疾患、筋骨格系疾患、皮膚・皮下組織疾患と精神障害による死亡率は、観察期間全体を通して最小限であった。

死亡率の性別による分析では、男性の死亡率の方が高かった。しかし、2003−2007年期では、男性と女性の死亡率はほぼ同じであった(図3.53参照)。

死亡率はかなり年齢に依存し、40歳未満コホートでは、どの観察期間でも40歳以上コホートよりも低かった。しかし、死亡率はどちらのコホートでも徐々に増加し、2003−2007年期で最大だった。
 ●死亡率の年齢による最大の差は心血管疾患でみられた。40歳以上コホートでは、2003−2007年期の心血管疾患、そして本態性高血圧症と冠動脈系心疾患による死亡率は、それ以前のどの観察期間よりも大きかった。脳血管疾患の死亡率は、観察期間全体を通してほぼ同じだった(図3.56)。




 ●40歳未満コホートで死亡率の確かな増加がみられているのは、本態性高血圧症のみだった。冠動脈系心疾患と脳血管疾患による死亡率は、観察期間全体を通してほぼ同じだった。
 ●どちらの年齢コホートでも、神経系・感覚器官の疾患、呼吸器系疾患、消化器系疾患による死亡率がかなり増加したが(図3.57)、死亡率は40歳以上コホートにおいての方がさらに高かった。


 ●さらに、40歳以上コホートでは胃潰瘍・十二指腸潰瘍による死亡率が、40歳未満コホートでは気管支喘息による死亡率が著しく増加した。
 ●1993−1997年期と2003−2007年期では、どちらの年齢コホートでも甲状腺疾患による死亡率がみられたが、1993−1997年期では40歳以上コホートで高く(40歳以上コホート:0.11±0.03、40歳未満コホート:0.04±0.02)、2003−2007年期では40歳未満コホートで高かった(40歳以上コホート:0.007±0.005、40歳未満コホート:0.02±0.01)。甲状腺疾患による死因は、甲状腺腫を伴う、または伴わない甲状腺中毒症だった。

全身外部被ばく線量による非癌疾患死亡率のリスクの研究によると、疾患の種類によっては線量依存性がみつかった。絶対リスク、相対リスク、過剰絶対リスク、過剰相対リスクの推計によると、相関性が一番みられたのは冠動脈系心疾患を含む心血管系疾患、消化器系疾患、泌尿器系疾患(特に前立腺疾患)だった。心血管系疾患による死亡率の絶対リスクと相対リスクの最大値は、0.2−0.49 Gyの線量区分でみられた。

 ●統計学的に有意な1 Gyあたりの過剰絶対リスク(EAR、1000人年Gyあたり)は、冠動脈系心疾患を含む心血管系疾患と消化器系疾患でみられた(表3.35)。



 ●0.25−0.32 Gyの線量区分では、心血管疾患による死亡率の過剰絶対リスクが最大だった。ほとんど同じレベルの過剰絶対リスクは、また別に、冠動脈系心疾患でもみられた。消化器系疾患による過剰絶対リスクは、その半分だった。

内分泌系疾患、虚血性心疾患、胃炎・十二指腸炎、泌尿器系疾患と前立腺癌による過剰死亡率は、1 Gyあたりの過剰相対リスク(ERR、Gyあたり)により確証された(表3.36)。



 ●1 Gyあたりの過剰相対リスクは、明らかに、冠動脈系心疾患、前立腺疾患と泌尿器系疾患でみられた。内分泌系疾患による過剰死は、そのほぼ半分だった。

ここで記述された、成人の避難者における非癌疾患の罹患率と死亡率の線量依存性の評価の結果は決定的ではなく、いわゆる複雑要因(年齢、不健康な習癖、不健康な職場環境、栄養不足や運動不足、心理社会学的ストレスなど)の影響を調査するための研究をさらに必要とするものである。しかし、0.3 Gyを超える(特に2.0 Gy以上)甲状腺被ばく量と0.05 Gyを超える(特に0.25 Gy以上)全身被ばく量は、非癌疾患の一部において線量依存性の発達を促していると言える。これらのデータは、他国(ロシア、ベラルーシ、日本)で被ばくした集団において実施された研究と一致するものである。







 

メモ:2024年2月2日に公表された甲状腺検査結果の数字の整理、およびアンケート調査について

  *末尾の「前回検査の結果」は、特にA2判定の内訳(結節、のう胞)が、まとめて公式発表されておらず探しにくいため、有用かと思われる。  2024年2月22日に 第50回「県民健康調査」検討委員会 (以下、検討委員会) が、 会場とオンラインのハイブリッド形式で開催された。  ...