2011年ウクライナ政府報告書(抜粋和訳)3:汚染区域に居住する集団の健康についての疫学調査−−確率的影響、非癌疾患、非癌死亡率


2011年ウクライナ政府報告書

ウクライナ政府がチェルノブイリ事故の25年後に出した報告書の英訳版より、  事故処理作業員や住民とその子供達の健康状態に関する部分から抜粋和訳したものを、下記のように6部に分けて掲載する。また、他のサイトで和訳がされている部分もあるが、英訳版の原文で多く見られる不明確な箇所がそのまま和訳されていた。ここでは、医学的に意味が通るように意訳をした。

1. 避難当時に子供だった人達の健康状態
立ち入り禁止区域から避難した子供達の健康状態の動向
2. 甲状腺疾患 
 小児における甲状腺の状態
ウクライナの小児における甲状腺癌
3.  汚染区域に居住する集団の健康についての疫学調査   ●確率的影響
 非癌疾患
 非癌死亡率
4. 被ばくによる初期と長期の影響
 ●急性放射線症
 ●放射線白内障とその他の眼疾患
 ●免疫系への影響
5. チェルノブイリ事故の複雑要因の公衆衛生への影響
 ●神経精神的影響
6. ●心血管疾患
 ●呼吸器系疾患
 ●消化器系疾患
 ●血液疾患



*****
3.  汚染区域に居住する集団の健康についての疫学調査
 ●確率的影響
 ●非癌疾患
 ●非癌死亡率

このセクションは、ETV特集「シリーズ・チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告 第二回 ウクライナは訴える」(2012.9.23)でも取り上げられたので、完訳した。
http://www.dailymotion.com/video/xtx7lk_yyyyyyyyy-2-yyyyyyyyy_news#.UeeUqFO9wYw
この動画の完全文字起こしは、「MICKEYのブログ」を参照。 http://blogs.yahoo.co.jp/ueda_beck/9785121.html  

汚染区域に居住する集団の健康についての疫学調査

確率的影響

チェルノブイリ事故から時間が経過してからの甲状腺癌の罹患率の増加における放射線の影響を考慮するには、もう少し詳しい説明が必要になる。
 
●ウクライナ全体としては、チェルノブイリ前の時期に比べて、甲状腺癌の発症は自然発生の発症率と比べて、男性では2倍、女性では3倍となった(図3.44)。





次の図3.45は、汚染が最大だった地域での甲状腺癌の罹患率の動態を反映している。
●汚染が最大だった地域の住民における事故前(1980−1986年)の甲状腺癌の罹患率は、10万人対で1.2だった。
事故後、甲状腺癌は急激に増加し、1987−1991年には2倍に、1992−1996年には4.5倍、そして1997−2001年には8.3倍になった。
●2002−2007年の罹患率がその前の時期より34.1%減ったのは、子供を持つ若い家族などの、甲状腺癌のリスクが一番高い集団の汚染地域からの移住などを含む複雑な要因のせいであろうと思われる。また、最小年齢で被ばくしたグループにおける放射線リスクの時期が終わった可能性があることを指摘することも必要である。


チェルノブイリ事故の影響による甲状腺癌の罹患率をウクライナ全体と比べると、避難住民では4.4倍、最も汚染がひどい地域の住民では1.35倍と、際立っていた(表3.30)。これは、甲状腺の放射性ヨウ素への被ばくに関連している。


長期モニタリングの分析によると、被ばくした集団での他の悪性腫瘍の罹患率は、国全体の罹患率を超えなかった。避難住民と汚染区域の住民のほとんどでは、この罹患率はウクライナ全体よりもかなり低かった(表3.31)。


避難住民と汚染区域の住民における乳癌の発症率は国全体より低かったが、実際の症例数には増加傾向があった(表3.32)。乳癌を発症した女性らは、事故前には乳癌の罹患率が比較的低い地域に住んでいたことを念頭に置くべきである。




非癌疾患

チェルノブイリ事故後25年間で実施された調査によると、避難者の健康状態は避難後にかなり悪化した。障害と死亡率の主要因は非癌疾患である。非癌疾患のために、1988年から2008年にかけて、避難者の中で健康な人は、67.7%から21.5%に減少し、慢性疾患を持つ人は31.5%から78.5%に増加した(図3.46)。




 ●5年ごとの非癌疾患罹患率の変化の疫学的分析(図3.47)によると、疾患が最も多く起こったのは、1998年から2002年だった。
 ●1998年から2007年の期間にかけてのほとんどの疾患罹患率のゆるやかな減少は、前半では新たに診断された疾患が含まれているのと、コホートの中で死亡した人達がいたと言う可能性がある。



 ●しかしながら、事故当時に0−14歳、そして15−18歳の子供として被ばくした人々においての非癌疾患の発達は、まだ持続している。低線量の放射線の非癌疾患の発達(低線量電離性放射線の長期にわたる影響)と、放射線以外の要因も排除できない。

1988年から2007年の間に、避難者の非癌疾患罹患率には個々の病気の種類や疾病分類学的カテゴリーにかなりの変化がみられた。

2003−2007年期には、それまでの期間すべてと比較して、中毒性結節性甲状腺腫の罹患率がかなり増加した。1988−1992年期と1993−1997年期よりも統計学的に有意な増加がみられたのは、後天性甲状腺機能低下症と肝臓・胆道系・膵臓を含む消化器系疾患であった。甲状腺炎、自律神経血管失調症を含む神経系と感覚器官の疾患、脳血管疾患、呼吸器系疾患、胃潰瘍と十二指腸潰瘍、泌尿器系と筋骨格系疾患の罹患率がかなり超えたのは、1988−1992年期のレベルのみだった。その他の疾患では、統計学的に低い結果がみられた。

似た様な変化は、非癌疾患の構成にもみられた(図3.48)。



 ●1988年の非癌疾患の分類の大半(91.4%)は、 心血管系疾患、 呼吸器系疾患、消化器系疾患、神経系と感覚器官の疾患、筋骨格系疾患、内分泌系疾患、そして 泌尿生殖器系疾患で占められていた。   

  ●2007年には同じ疾患が大半を占めていたが、構成の中での順番が変わった。心血管系疾患の貢献が減少して2番目となり、消化器系疾患が1番となった。呼吸器系疾患が占める割合が減ったが、神経系と感覚器官の疾患、そして内分泌系と泌尿器系疾患も幾分か増加した。

非癌疾患の有病率と罹患率の動態には性別による違いがみられ、女性は男性よりも有病率が20.0%高く、罹患率が30.9%高かった(図3.49)。



有病率の最大の違いは、甲状腺疾患(1.6倍)を含む、内分泌系疾患でみられた。

 ●女性では、中毒性結節性甲状腺腫、甲状腺中毒症、後天性甲状腺機能低下症を伴う、または伴わない甲状腺腫、そして甲状腺炎は、2倍以上だった。また、糖尿病(1.8倍)と泌尿生殖器系疾患(2.1倍)が多かった。女性における白内障は1.7倍で、脳血管系疾患は1.5倍だった。しかし、胃潰瘍と十二指腸潰瘍の罹患率は男性の方が高かった。

新しく診断された疾患数によると、女性で過剰にみられたのは、後天性甲状腺機能低下症(3.3倍)、甲状腺中毒症(3.6倍)、非中毒性結節性甲状腺腫(2.8倍)を含む甲状腺疾患(2倍)だった。2倍以上みられたのは、白内障、脳血管系疾患、肝臓・胆道系・膵臓疾患と泌尿器系疾患だった。どの時期でも、非癌疾患は、40歳未満コホートよりも40歳以上コホートで、もっと多くみられた(図3.50)。



特に、冠動脈疾患と脳血管疾患を含む、心血管系疾患のレベルに大きな違いがみられた(図3.51)。



甲状腺疾患の中には、動態にかなりの変化がみられたものもあった。1993−1997年期以来、非中毒性結節性甲状腺腫、後天性甲状腺機能低下症と甲状腺炎は、40歳以上コホートにおいてより多くみられている(図3.52)。




甲状腺と全身に被ばくを受けた成人の避難者においての非癌疾患には、線量に関連する著しい影響がみられた。

 ●甲状腺被ばく量の0.3 Gy以上2.0 Gy未満では、冠動脈心疾患と脳血管疾患を含む心血管系疾患と筋骨格系疾患と線量の間に確かな関連がみられた。
 甲状腺被ばく量が2.0 Gyに近づくにつれ、上記の疾患のリスクが増加し、また、精神疾患と消化器系疾患のリスクが確かであることが示された(表3.33)。 


全身外部被ばく量は、避難者における非癌疾患の発達に著しい影響を与えた。
 ●リスク分析の結果によると、非癌疾患の中には、相対リスク(RR)の増加がみられたものもあり、被ばく量が増えるに従ってリスクが増加した。ほとんどの疾患においての最大のリスクは、0.25-0.32 Gyの被ばく量でみられた(表3.34)。



 ●対照群と比較すると、統計学的に確定されたリスクを持つ疾患が一番少なかったのは、全身被ばく線量が0.05−0.099 Gyのサブコホートだった。全身被ばく線量が0.1−0.249 Gyに増えるにつれ、白内障、本態性高血圧、脳血管疾患や泌尿器系疾患などの、相対リスクがかなり大きな疾患の数が増えた。
 ●被ばく線量と確かな相関性を持つ非癌疾患の数が一番多かったのは、全身被ばく線量が0.25−0.32 Gyのサブコホートだった。統計学的に有意な相対リスクは、甲状腺疾患、白内障、冠動脈系心疾患、脳血管疾患、胃炎、十二指腸炎、肝臓・胆管系疾患、膵臓疾患、泌尿器系と前立腺疾患、骨疾患、と軟骨疾患でみられた。被ばく線量の増加と共に、相対リスクの値が大きくなった。
 ●1 Gyあたりの過剰相対リスクと過剰絶対リスクの計算結果は、成人の避難者における非癌疾患の一部に確かな線量依存性を証明した。
 ●全身被ばく量が0.25−0.32 Gyと最大である避難者における過剰絶対リスクが最大だと確定されたのは、冠動脈系心疾患、本態性高血圧、肝臓・胆管系疾患と筋骨格系疾患だった。また、過剰絶対リスクが高かったのは、甲状腺を含む内分泌系疾患、泌尿器系疾患、骨疾患と軟骨疾患だった。
 ●1 Gyあたりの過剰相対リスクの計算結果は、また、成人の避難者の集団における非癌疾患の一部に確かにみられる線量依存性を証明するものである。過剰相対リスクは、白内障で最大のであった。また、過剰相対リスクが大きかったのは、糖尿病、甲状腺炎、脳血管疾患、泌尿器系疾患と前立腺疾患だった。

ウクライナでの研究では、放射線被ばくは、加齢性白内障、黄斑変性や網膜血管障害を含む加齢性眼疾患の発達を加速したことが証明された。被ばく線量は、加齢と相乗効果を持つ要因である。
 ●加齢性白内障の相対リスクは、被ばく年数1年につき1.139(1.057, 1.228)であり、 年齢1歳につき2.895(2.529, 3.313)、dが被ばく線量(Gy)でtが被ばく年数であるところの1√(d * t)につき1.681(1.033, 2.735)である。
 ●黄斑変性の相対リスクは、年齢1歳につき1.727(1.498, 1.727)、dが被ばく線量(Gy)でtが被ばく年数であるところの1√(d * t)につき6.453(3.115, 13.37)である。
 ●網膜血管障害の罹患率の線量依存性が初めて示された。30−70 cGy(注:0.3−0.7 Gy)を被ばくした集団における網膜血管障害の罹患率を、0.3 Gyを被ばくした集団と比較した相対リスクは、1.65(1.02, 2.67)で、x2=4.15、p=0.041だった。
 

非癌死亡率

疫学調査の結果によると、成人の避難者における非癌疾患の死亡率は1988ー2007年期には、緩やかに増加した。最大の死亡率は、2003−2007年期にみられ(図3.53)、この頃には男性と女性の死亡率がほぼ同じになった。



 ●観察期間全体を通して、心血管疾患が45 %から83 %を占めて最大の死亡率に貢献し、2007年には89%まで到達した(図3.54)。



成人の避難者の死亡率に貢献している他の疾患は、呼吸器系疾患(1.3%から12.5%)、消化器系疾患(0.7%から8.1%)、そして神経系・感覚器官の疾患(0.2%から4.0%)だった。

 ●心血管系疾患の中で一番多かったのは、冠動脈系心疾患(39.5%)だった。2007年には、冠動脈系心疾患による死亡率は男性の66%、女性の60.3%でみられた。また、心血管系疾患の中で、本態性高血圧症は11%、脳血管系疾患は3.4%を占めた。心血管系疾患、特に冠動脈系心疾患は主な死因であるが、2003−2007年期の避難者における心血管系疾患による死亡率(1000人年につき11.8±0.22)は、1988−1992年期当初(1000人年につき6.9±0.2)のほぼ2倍である。本態性高血圧症による死亡率は、最初の3期間ではほぼ同じであったが、2003−2007年期において著しく増加した(図3.55)。



 ●死亡率の顕著な増加は、また、神経系・感覚器官の疾患、呼吸器系疾患(主に肺気腫を伴う慢性気管支炎)と消化器系疾患(主に肝・胆道系・膵臓疾患)でみられた。内分泌系疾患による死亡率は、主に糖尿病によるものだった。

 ●泌尿生殖系疾患、筋骨格系疾患、皮膚・皮下組織疾患と精神障害による死亡率は、観察期間全体を通して最小限であった。

死亡率の性別による分析では、男性の死亡率の方が高かった。しかし、2003−2007年期では、男性と女性の死亡率はほぼ同じであった(図3.53参照)。

死亡率はかなり年齢に依存し、40歳未満コホートでは、どの観察期間でも40歳以上コホートよりも低かった。しかし、死亡率はどちらのコホートでも徐々に増加し、2003−2007年期で最大だった。
 ●死亡率の年齢による最大の差は心血管疾患でみられた。40歳以上コホートでは、2003−2007年期の心血管疾患、そして本態性高血圧症と冠動脈系心疾患による死亡率は、それ以前のどの観察期間よりも大きかった。脳血管疾患の死亡率は、観察期間全体を通してほぼ同じだった(図3.56)。




 ●40歳未満コホートで死亡率の確かな増加がみられているのは、本態性高血圧症のみだった。冠動脈系心疾患と脳血管疾患による死亡率は、観察期間全体を通してほぼ同じだった。
 ●どちらの年齢コホートでも、神経系・感覚器官の疾患、呼吸器系疾患、消化器系疾患による死亡率がかなり増加したが(図3.57)、死亡率は40歳以上コホートにおいての方がさらに高かった。


 ●さらに、40歳以上コホートでは胃潰瘍・十二指腸潰瘍による死亡率が、40歳未満コホートでは気管支喘息による死亡率が著しく増加した。
 ●1993−1997年期と2003−2007年期では、どちらの年齢コホートでも甲状腺疾患による死亡率がみられたが、1993−1997年期では40歳以上コホートで高く(40歳以上コホート:0.11±0.03、40歳未満コホート:0.04±0.02)、2003−2007年期では40歳未満コホートで高かった(40歳以上コホート:0.007±0.005、40歳未満コホート:0.02±0.01)。甲状腺疾患による死因は、甲状腺腫を伴う、または伴わない甲状腺中毒症だった。

全身外部被ばく線量による非癌疾患死亡率のリスクの研究によると、疾患の種類によっては線量依存性がみつかった。絶対リスク、相対リスク、過剰絶対リスク、過剰相対リスクの推計によると、相関性が一番みられたのは冠動脈系心疾患を含む心血管系疾患、消化器系疾患、泌尿器系疾患(特に前立腺疾患)だった。心血管系疾患による死亡率の絶対リスクと相対リスクの最大値は、0.2−0.49 Gyの線量区分でみられた。

 ●統計学的に有意な1 Gyあたりの過剰絶対リスク(EAR、1000人年Gyあたり)は、冠動脈系心疾患を含む心血管系疾患と消化器系疾患でみられた(表3.35)。



 ●0.25−0.32 Gyの線量区分では、心血管疾患による死亡率の過剰絶対リスクが最大だった。ほとんど同じレベルの過剰絶対リスクは、また別に、冠動脈系心疾患でもみられた。消化器系疾患による過剰絶対リスクは、その半分だった。

内分泌系疾患、虚血性心疾患、胃炎・十二指腸炎、泌尿器系疾患と前立腺癌による過剰死亡率は、1 Gyあたりの過剰相対リスク(ERR、Gyあたり)により確証された(表3.36)。



 ●1 Gyあたりの過剰相対リスクは、明らかに、冠動脈系心疾患、前立腺疾患と泌尿器系疾患でみられた。内分泌系疾患による過剰死は、そのほぼ半分だった。

ここで記述された、成人の避難者における非癌疾患の罹患率と死亡率の線量依存性の評価の結果は決定的ではなく、いわゆる複雑要因(年齢、不健康な習癖、不健康な職場環境、栄養不足や運動不足、心理社会学的ストレスなど)の影響を調査するための研究をさらに必要とするものである。しかし、0.3 Gyを超える(特に2.0 Gy以上)甲状腺被ばく量と0.05 Gyを超える(特に0.25 Gy以上)全身被ばく量は、非癌疾患の一部において線量依存性の発達を促していると言える。これらのデータは、他国(ロシア、ベラルーシ、日本)で被ばくした集団において実施された研究と一致するものである。







 

2011年ウクライナ政府報告書(抜粋和訳)2:甲状腺疾患−−小児における甲状腺の状態、ウクライナの小児における甲状腺癌


2011年ウクライナ政府報告書
英文 https://docs.google.com/file/d/0B9SfbxMt2FYxZmdvWVNtMFkxXzQ/edit
原文 http://www.chnpp.gov.ua/images/pdf/25_chornobyl_ua.pdf

ウクライナ政府が、チェルノブイリ事故の25年後に出した報告書の英訳版より、事故処理作業員や住民とその子供達の健康状態に関する部分から抜粋和訳したものを、下記のように6部に分けて掲載する。また、他のサイトで和訳がされている部分もあるが、英訳版の原文で多く見られる不明確な箇所がそのまま和訳されていた。ここでは、医学的に意味が通るように意訳をした。

1. 避難当時に子供だった人達の健康状態
立ち入り禁止区域から避難した子供達の健康状態の動向
2. 甲状腺疾患 
 小児における甲状腺の状態
ウクライナの小児における甲状腺癌
3.  汚染区域に居住する集団の健康についての疫学調査   ●確率的影響
 非癌疾患
 非癌死亡率
4. 被ばくによる初期と長期の影響
 ●急性放射線症
 ●放射線白内障とその他の眼疾患
 ●免疫系への影響
5. チェルノブイリ事故の複雑要因の公衆衛生への影響
 ●神経精神的影響
6. ●心血管疾患
 ●呼吸器系疾患
 ●消化器系疾患
 ●血液疾患

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2. 甲状腺疾患 
 ●小児における甲状腺の状態 
 ●ウクライナの小児における甲状腺癌

このセクションは、福島県での小児甲状腺癌発現のために興味が多いかもしれないので完訳した。

甲状腺疾患

 ●甲状腺疾患は、ウクライナでチェルノブイリの影響を受けた成人で一番く40−52%みられる疾患である。 放射線やヨウ素・セレン等の微量栄養素の欠乏などのマイナス要因の複雑な影響が、甲状腺疾患の罹患率増加に貢献したのである。
●ガンマ線による外部被ばくと放射性核種による内部被ばくの組み合わせによりホルモン生産細胞の刺激構造が損傷を受けるために、内分泌系の中枢と末梢組織両方におけるホルモン調整が様々な段階で破壊されるのである。

 ●これらの組織への放射線による損傷は、遺伝的体質が負の環境要因との相互作用を通して活性化される事によって現される。
 

チェルノブイリ事故後、内分泌系の中枢と末梢組織における病理生理学的変化は、段階を経て展開した。


 ●最初の反応は1986年8月まで続き、内分泌系細胞の部分的破壊のために、ホルモンの末梢血液中濃度が上昇した。

 ●1986年9月から1989年までの間、末梢ホルモンの代償的な生産過多が起こったが、内分泌軸の中枢からの反応はなかった。負のフィードバックによる制御機構は、TRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)とTSH(甲状腺刺激ホルモン)が合成されなかったために機能していなかった。

 ●次の1990年から1995年の期間には、甲状腺や他の内分泌器官の潜在性疾患の発展がみられた。

 ●1996年以降は、放射線に誘発された内分泌系疾患の臨床像は、内分泌系疾患の診断の増加、末梢内分泌組織の機能性の大きな減少と、ホルモン調整の中枢の障害に特徴付けられる。

 ●1992年から1996年の間には、チェルノブイリの影響を受けた人達では甲状腺疾患のリスクが9倍に、2型糖尿病のリスクが2.4倍に増えた。

 ●事故処理作業員における内分泌系疾患の年ごとの増加は、一般成人に比べて3倍から5倍であった。

 ●非癌系甲状腺疾患の増加は、ほとんどが慢性の自己免疫性甲状腺炎、結節性甲状腺腫と後天性甲状腺機能低下症によるものである。

 ●甲状腺疾患が一番激増したのは、1986年に20歳以下だった事故処理作業員においてであった。

 ●0.25から1Gyの全身外部被ばく量は、1986年から1987年の事故処理作業員と、30キロ圏内の立ち入り禁止区域からの避難者において、慢性甲状腺炎と後天性甲状腺機能低下症の重要なリスク要因であった。







 ●1997年から現在までの橋本病の有病率は、事故処理作業員におい増加し続けている反面、キエフ市の住民では一定のレベルを保っている




小児における甲状腺の状態

事故後の最初の1年間

影響を受けた小児における甲状腺被ばくに対する初期の反応は次のようであった。

 ●臨床所見なしの高サイロキシン血症

 ●短期の「ストレス性」高甲状腺刺激ホルモン血症の後、TSH(甲状腺刺激ホルモン)とT4(サイロキシン)の軸が普通になる。


事故後12ヶ月から18ヶ月後

 ●T4の値が正常化し、その後も正常数値内に留まった。

 ●高サイロキシン血症が続いた場合、TSHの平均値は正常数値内に留まった。

 ●甲状腺被ばく量が2Gy以上だった場合、血清サイロキシンの数値は被ばく量の増加に伴い顕著に増加し15Gy以上の被ばく量で最大に達した。


1986年から1991年

 ●ホルモンの変化によると4歳から16−17歳の子供において甲状腺疾患の変化の臨床像は見られなかった。  


1992年から1996年

 ●遊離サイロキシン(FT4)減少は0.8%のみにみられ、0.2%ではTSHが増加したが臨床所見はなかった。


 ●慢性甲状腺炎と甲状腺機能低下症はほとんど記録されなかったが、信頼できる増加は発症頻度には見られなかった。これは、成長期の体における回復と代償プロセスによって説明されるかもしれない。


1999年から2003年


 ●チェルノブイリ事故によって影響を受けた小児においては、甲状腺機能低下症、慢性甲状腺炎や甲状腺中毒症などの発病率には、さほど変化がなかった。


 ●このため、チェルノブイリ事故の影響としての甲状腺疾患を持ちながらも、ヨウ素欠乏の環境下である汚染地域に居住し続ける小児の治療と回復の原理となるであろうと思われる、潜在的な甲状腺不全をさがための研究が行われた。


2004年から2006年


 ●事故後の最初のヨウ素放出で被ばくをした事故処理作業員に生まれた子供達に、視床下部ー脳下垂体軸の中枢調節の障害がみつかった。


 ●これは、検査を受けた35.5%においてみられ、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)のチャレンジによるTSHの過剰分泌によって証明された。(訳者注TRH投与後すぐに、脳下垂体前葉に蓄えられていたTSHが放出される。) これは、神経内分泌系の構造の生理学的な劣勢のために、甲状腺疾患が発現するという間接的証明なのかもしれない。


 ●細胞培養で見られる細胞遺伝学的な遅延性の影響によると、被ばくした両親の子供への染色体の不安定性の伝達は、子供において視床下部ー脳下垂体ー甲状腺軸の潜在的機能不全を持つ甲状腺疾患を促進する可能性がある。


ウクライナの小児における甲状腺癌

高リスクグループ(事故当時に0-18歳だった人達)における甲状腺癌の発症の有意な増加は、今日やっと証明されている。


 ●これは、チェルノブイリ事故の主な健康被害の結果である。

 ●重篤な量の放射性ヨウ素に被ばくをした小児は、現在成人層に入っている。

 ●事故当時に4歳以下だった人では、甲状腺癌のその後の増加は、甲状腺被ばく量に依存した。

 ●事故当時18歳以下だった人で、被ばく量が高くなるにつれて甲状腺癌の罹患率が増加したというのは、ウクライナ・米国の甲状腺プロジェクトによるスクリーニングと研究の過程で観察された。

 ●事故前に生まれた小児においては、事故後に生まれた小児の15倍の疾病率がある。

 ●これは「チェルノブイリ後の子供」における甲状腺癌に放射線が関連していることの確認となる。

ウクライナのチェルノブイリ後の期間(1986-2008)において、  
 
 ●1968年から1986年に生まれた人事故当時に0歳から18歳のうち、6,049 人が形態的に確認された(訳者注:文章の流れから、細胞診などでという意味だと思われる)「甲状腺癌」の診断で手術を受けた。
 ●4,480 人(74.1%)が014歳(図 3.41)で 、1,569人(25.9 %)が1518歳(図3.42)だった。

 ●女性と男性の比率は事故当時の年齢に従って高くなり、014歳では3.9:1、1518歳では5.1:1だった。 
 ●発症率は1990年から2008年にかけて徐々に大きくなった。
 ●チェルノブイリ事故当時に0−14歳だった子供達での甲状腺癌の新しい症例数は、2009年では463件(2008年と同じ)だった。事故当時に15−18歳だった子供達での2009年の症例数は129件で、同じく2008年と変わらなかった。


 ●相対指数、すなわち10万人対の罹患率は、事故当時に0−14歳だった子供達と15−18歳だった子供達において、1990年から2008年にかけて着実に増加していた。
 ●2009年には、0−14歳での発症率は4.13、そして15−18歳での罹患率は4.87で、2008年の罹患率を超えなかった。(図3.41、3.42)すなわち、2008−2009年期に、放射線のリスクを受けたグループにおいての甲状腺癌の発症ピークが達成された可能性があり、2010年には徐々に発症が減ることが予測される。

 ● 甲状腺癌の増加は、ある程度は、コホートの年齢が1986年から2008年の間に徐々に高くなってきていることで説明することができる。しかし、汚染が最もひどかった北部6地域(注:グラフの黒棒)と他の地域(注:グラフの白棒)での甲状腺癌の罹患率の差を比較すると、明らかに差があるだけでなく、2006年から2008年にはそれまでの時期と比べて増大していた。(図3.41、3.42)これは、甲状腺癌の発症に、事故後の時の経過に伴う加齢ではなく、放射線が要因として関連していることを示す。
  
 ●事故後に生まれた成人においては、最初の甲状腺癌の症例は2006年に報告された。(図3.43)

 ●2006年から2009年の間には、事故当時に子供だった人達の2,223人に甲状腺癌が見つかったのと比べて、事故後に生まれた成人の91人に甲状腺癌が見つかった。

 ●1986年から2009年の間に登録された甲状腺癌の症例数合計は6,448だった。
   ○6,049人が事故前に生まれた。
   ○399人が事故後に生まれた。
 ●事故前に生まれた子供達の2009年、ウクライナ全体と最も汚染がひどい地域での甲状腺癌の発生率と罹患率は、2008年のレベルにとどまった。



 ●事故当時に18歳以下だった人達の甲状腺癌で、1990年から2008年の間に手術を受けたケースの92.2%は乳頭癌であった。 

 ●事故後の時間の経過と共に、被ばく者の年齢が増したが、乳頭癌の形態的特徴も大きく変化した。乳頭癌充実亜型(訳者注:充実亜型は侵攻性が比較的強い)の割合は、1990−1995年期の24.4%から2006−2009年期の5.7%(p<0.01)と徐々に減った。乳頭癌乳頭亜型の割合は、1990−1995年期の12.0%から2006−2009年期には34.0%、乳頭癌混合亜型の割合は、1990−1995年期の25.5%から2006−2009年期には43.8%となった。

 ●潜伏期間が長くなるにつれ、乳頭癌混合亜型の構成部分の組み合わせにも変化があった。充実亜型・濾胞亜型で構成されている乳頭癌の割合はかなり減り(1990−1995年期の72.7%から2006−2009年期の25.4%、p<0.01)、乳頭亜型・濾胞亜型で構成されている乳頭癌の割合が増えた(1990−1995年期の10.9%から2006−2009年期の43.8%、p<0.01)。 
  
乳頭癌の浸潤性の分析によると、年齢と時間という2つの因子に影響されていることがわかった。 
 ●年齢の影響としては、甲状腺外への浸潤と領域転移および遠隔転移の頻度は、常に、事故当時の4−14歳の子供よりも19−40歳だった成人でかなり低かった。
 ●時間の影響としては、4−40歳の患者全体を合わせたら、潜伏期間(事故から手術時までの期間)が長くなるにつれて上記のパラメータが減ったことがわかった。特に興味深いのは、遠隔転移の患者の割合が減ったというデータであり、1990−1995年期の23.0%から2006−2009年期には1.8%に減っている(p,0.001)。
 ●さらに、被包性腫瘍の割合は1990−1995年期の7.4%から2006−2008年期には29.4%に増え(p<0.001)、10mm以下の微小癌も1990−1995年期の4.1%から2006−2009年期には29.4%に増えた(p<0.001)。


まとめ

 ●事故当時に0−14歳、もしくは15−18歳だった子供達の10万人対の甲状腺癌の罹患率は、2006−2008年期に最大となり、2009年には安定した。

 ●一方、汚染が最大だった地域と最小だった地域での罹患率のかなりの差(0−14歳で2.5倍、15−18歳で1.9倍)は、チェルノブイリ事故から24年後のウクライナで、高リスクの人達においての甲状腺癌の発症率に、放射線が要因として影響を与え続けていることの証明となる。


 ●チェルノブイリ事故後から時を経て、手術時での患者の年齢が高くなるにつれ、主な甲状腺癌である乳頭癌では、かなりの形態上の変化が見られた。すなわち、甲状腺外への浸潤や領域転移や遠隔転移の発現の著しい減少によってわかるように、甲状腺癌の侵攻性は減少したのである。


 ●事故後に生まれた小児においての甲状腺癌の発症がゆるやかで遅いということは、チェルノブイリ事故による放射線被ばくを受けた0−14歳と15−18歳の甲状腺癌が放射線によって影響されていることを支持する証明となる。











メモ:2024年2月2日に公表された甲状腺検査結果の数字の整理、およびアンケート調査について

  *末尾の「前回検査の結果」は、特にA2判定の内訳(結節、のう胞)が、まとめて公式発表されておらず探しにくいため、有用かと思われる。  2024年2月22日に 第50回「県民健康調査」検討委員会 (以下、検討委員会) が、 会場とオンラインのハイブリッド形式で開催された。  ...