山下俊一氏企画の「放射線と甲状腺癌に関する国際ワークショップ」の記者会見一部書き起こし


2014年2月21日−23日に品川で開催された「放射線と甲状腺癌に関する国際ワークショップ」の主催は、環境省、福島県立医科大学と経済協力開発機構・原子力機関(OECD/NEA)であり、組織委員会の委員長は、山下俊一氏だった。最後のワークショップの結果の要約の締めとして登場した山下氏は、「チェルノブイリとは違う、ということを明確にして頂いた。また、スクリーニング効果があるというのを共通の認識とした。また、ハーベストエフェクトという、最初に何もない所から刈り取った状態であることも認識できた。こういう話を世界の専門家が来て、日本でして頂いたというのは、日本の現状をしっかりと理解して頂いたと思うので、これからもフクシマへの支援をして頂けると思う。福島県立医科大学、福島県、そして環境省の方々も、同じ日本を愛する方々です。フクシマの復興なしに日本の復興はない。」という主旨の発言をした。

ここでは、ワークショップ最終日の記者会見の一部を書き起こした。記者会見は、山下俊一氏、環境省の桐生氏、福島県立医科大学の丹羽大貫氏と鈴木眞一氏が行ったが、質問は山下氏に集中した。記者会見の編集動画はこちら。また、記者会見で配布されたという議長サマリーの最後のまとめの部分も和訳した。



記者会見の部分書き起こし
(前略)
記者;チェルノブイリで事故による甲状腺癌が急増したとする4年目、5年目のペースに入るわけですけれども、今、3年目のこういうタイミングというのをを山下先生はどうとらえられますか?今、どういう時期ですか?
山下氏:これは甲状腺癌について、でいいんでしょうか?今、スクリーニングでこれだけの患者さんが27万人近くで見つかりましたので、この数は今日のご発表でもお分かりになったように、ほぼスクリーニング効果であろう、と。ということは、今後、この翌年、翌々年と言う本格調査が26年4月から始まります。これは決して、あの、強制で皆様方に受けて頂くものではなくて、ボランティアであります。甲状腺の調査は、事故のあった後、福島県の子どもたちを見守るという大きな目的でスタートしたものですから、その一環がこの甲状腺の超音波の検査である、と言うことで、今後これを継続することがより重要で、先程からも申しますように、被ばく線量がほとんどない所では、明らかな甲状腺癌が増えるとは考えていません。ですから、本格的な調査が3年目から始まる、と。この3年間は、先行調査、あるいは予備調査ということで、ベースラインの甲状腺の頻度を明らかにしたということに留まるので、これからが本格的な長期的な子どもたちを見守る体制作りが重要になってくるいう風に考えています。
木野龍逸氏:山下先生が、最後のまとめの所で、今後甲状腺が増えるという予測はしていないというお話がありましたけれど、その意味は、現在の74人より一切増えないという意味なのか、その根拠となるしきい値みたいなものがあるのかどうか、もう少し詳しくお願いできますか?
山下氏;頻度の問題、だろうと思います。色々、Prevalence(有病率)について、今日、ことばの色々説明がありましたけれども、現在27万人で疑いを含めて75例ですよね。おそらく、検査をすれば出て来ると思います。で、その出方が、どういう頻度なのか、ベースラインのスクリーニングに対して増えて来るかどうか、ということが極めて重要だと思いますが、これは簡単にいかないというのは、先程お話したハーベスト効果で、突然こういう検査をしましたから、根こそぎみんな最初に見つけられるだろうと、そうすると第2ラウンドに行くと少し減るんじゃないか、という見方もありますし、それから当然、ある一定の数は出続けるわけです。この頻度がどれくらいかというのは、実はチェルノブイリにしか比較するデータはありません。というのは、現在でもチェルノブイリでは、超音波の甲状腺エコー検査をしています。このデータを、大体概略でいうと一万人に数名、今でも事故後25年経って甲状腺癌が見つかりますから、そのくらいの頻度では、おそらく小児で見つかるのでなかろうか、そういうふうな、わたくしたちは、考えを持っています。
木野氏:私がお伺いしたかったのは、現状で数を比較すると、おそらく100万人に300とか、従来考えていたよりも数百倍という数字になるわけですけども、この数字というのをスクリーニング効果と言う以上は、数としてしきい値がなければいけないのでは?何万人に何人という数が説明される以上は、その数字にしきい値みたいなのがないと、どこまで増えると予想の範囲を超えるのかよく分からなくなると思うんですけれども。
山下氏:ちょっとわたくし、質問が分からないんですが、たとえば、甲状腺癌は年齢と共に増えます。韓国でこれだけが多く見つかったということは、40代や50代では100人に1人となるんですね。
木野氏:いえ、ごめんなさい、あの、言いたいことはそうではなくて、小児甲状腺癌に関して、県民健康管理調査の中で、これから、じゃあ、どれくらまで数が増えるかという予測としては、数としてはないということでしょうか?
山下氏:年齢がシフトして行きますから、同じ頻度で見つかるだろうと思います。一万人に数名単位。
木野氏:じゃあ、そうすると、今の100万人に300と、そういう数字ではなくなるということですかね。それはしばらく続くということですかね。
山下氏;はい。それは、そういう予想です。
記者:ウクライナでは1992年以降、ベラルーシでは1990年まで、子どもの甲状腺癌というものが見られなかったというお話だったんですが、ウクライナの1992年以前、ベラルーシの1991年以前は、どのような健康調査を、特に甲状腺癌に対して、どのような甲状腺癌の検査が行われていたのか、今の日本のような超音波検査が行われていたのか。この会合の出席者について、どなたがどのような理由で選考されたのか。
山下氏:わたくし達が入った1991年までは、超音波を使ったスクリーニングがなされていませんでした。1991年12月までは、ソ連全体の地域の癌登録でなされたデータがそのまま使われています。1991年12月に国が崩潰した後、色んな団体が入り、それぞれの国々で超音波を使いました。出席者の選考は??委員会で行われましたので、わたくしもそのメンバーの1人です。そして丹羽先生、OECD、環境省。今回は、福島の甲状腺癌についてがテーマでしたから、広島・長崎の経験、それからチェルノブイリの経験、これは大優先をしました。その上で、欧米のEpidemiologist、つまり疫学者、それから線量を評価できる人、そういう方を、従来の国連機関、いわゆる国際機関で活躍されている方々を呼ばせていただいた、ということになります。

質問:チェルノブイリではどのようにしてスクリーニング効果だとわかったのか?
山下氏:(前略)2つ目は当時はまだ線量評価が不十分で、これは日本と違って、すべてはミルク、食の汚染の連鎖で甲状腺の放射線線量を評価しますから、実はまったく持ってばらつきが大きくて、正確な値が出ませんでした。1,000mSvと言われたり、5,000mSvたり。そういう中で、3つの機関、国連機関もそうですけども、アメリカ、ヨーロッパ、それから旧ソ連も、それくらい評価をし、その検証した結果が出たのが、15年後、20年後となりました。長い歴史の下で、これは間違いなく、トレンド、タイムコースとして、順次、事故当時0歳から10歳の子どもたち、とりわけ、5歳未満に集中して、この子たちが年齢が上がって行くに従って、思春期癌、成人癌に罹って来るという、特定の母集団だけに、当時の、もう消えてなくなった放射性ヨウ素を初期にとったと言う方だけに増えてきたということで、スクリーニング効果じゃないだろうか、ということになりました。

木野氏:甲状腺検査を始める前からスクリーニング効果があるかもしれないということは想像されてたと思うが、そのような話は最初になかったと思う。だからこそ100万人に1人という数字がかなり広く知られたわけで、なぜそういうことを初めにちゃんと説明されなかったのか。
鈴木眞一氏:最初からスライドの中に、今まで小児の疫学調査はされてないと言った次に、この時点で超音波検査をやると、ゆっくり育つ、今まで発見されてなかった甲状腺癌が、容易に多く見つかるということを、ずっと説明してきています。それは、検査が始まる前からの説明でございます。それでは、どのくらいの数があるかということは、今日も昨日も議論になったように、やってみないとわからない。あの、これは、それを計算するものではございません。で、我々は、この制度でやって、やっとその具合がわかるようになってきた、というのがこの3年の経験だと思いますが、そういうことは最初から想定して、説明はさせてもらってます。
山下氏:わたくしの方からひとこと。これは内部でも十分議論しています。出すメッセージとしてわたくしたちが心配したのは、住民の方たちに対してでなく、まず、小児科の先生や甲状腺学科の先生たちが初めてこういうのを見ますから、それが、極めて誤解を招いたらいけない、ということでメッセージを出させていただきました。こういう、福島で検診が始まりましたので、微小癌が見つかります、と。先生たち、きちんと説明してください。とこれ、まさにスクリーニング効果そのものであります。スクリーニングすることによって、それまで無症状で、まったく◯◯(注:聞き取れず)なものがたくさん見つかります。そういうメッセージを、まず協力をしていくということから始めてますし、住民に対しても、今まさに鈴木先生がおっしゃったような形で、説明が始まっています。


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議長サマリーのまとめの部分の和訳

県民健康管理調査 検討委員会によると、甲状腺癌の増加が原発事故による放射線被ばくであると同定できる証拠はない。次の特徴がこれを支持する。
1.これまでの検査結果によると、福島第一原発付近の子どもの甲状腺被ばく線量は、チェルノブイリ事故の際に子ども達が被ばくした線量よりもかなり少ない。
2.国際的な観察によると、甲状腺癌の潜伏期間は最短で4−5年とみなされている。近年行われたスクリーニングの結果見つかった癌は、原発事故後間もなく、検査を受けた子どもたちに発現した。甲状腺癌の発達がゆっくりでおとなしいという医学的理解の下では、これらの癌が2011年3月の原発事故による放射性ヨウ素131への被ばくによって起こされたとは考えにくい。
3.甲状腺癌が確定された子どもたちは、事故当時に幼児ではなくティーンエイジャーだった。幼児は放射線誘発性甲状腺癌への感受性が強いということは知られている。今回の甲状腺癌でみられた年齢分布は、小児における自然発生の甲状腺癌の理解と一致するものである。

なお、OurPlanet-TVの白石草氏によると、この議長サマリーの著者は、経済協力開発機構・原子力機関(OECD/NEA)のTed Lazo氏であるということだ。

サンフランシスコ・ベイエリアでのフクシマ・フォールアウトの放射能測定


下記の論文が興味深かったので、妙訳した。

Measurements of Fission Products from the Fukushima Daiichi Incident in San Francisco
Bay Area Air Filters, Automobile Filters, Rainwater, and Food


「サンフランシスコ・ベイエリアのエアフィルター、車のフィルター、雨水と食品における、福島第一事故由来の核反応生成物の測定」


アブストラクト

カリフォルニア州バークレー市のローレンス・バークレー国立研究所(LBNL)の低バックグラウンド施設(LBF)では、様々な環境用媒体において、福島原発事故由来のフォールアウト放射性核種が分析された。大気と雨水のモニタリングは、2011年3月の津波が起こってすぐに始まったが、ここでは2012年末までの結果が報告されている。観察されたフォールアウト核種には、ヨウ素131、ヨウ素132、テルル132、セシウム134、セシウム136とセシウム137が含まれていた。環境エアフィルター、車のフィルター、そして雨水における放射性核種が測定された。さらに、雨水でストロンチウム90の分析もされたので、それもここで発表した。最後に、魚のセシウム134とセシウム137に関するメディアの懸念が継続しているために行われた、2013年9月の一連の食品測定が含まれている。LBNLでのチェルノブイリ事故由来のフォールアウトの同様の測定は過去に公表されていないが、ここで、フクシマ事故との比較のために発表されている。発表された測定すべては、比較のベースとして、環境内の自然放射線核種も含んでいる。

概要

ローレンス・バークレー国立研究所(LBNL)の低バックグラウンド施設(LBF)では、1980年初期以来、大気サンプルフィルターからベリリウム7や鉛210などの自然放射性核種のようなガンマ線放出核種の検出を行って来ている。フクシマ事故後、LBFの近辺支局の環境大気フィルターおよびオロヴィル市の雨水からのフォールアウト核種の検出のための詳細な調査が始められた。また、LBFで既にモニタリングが続けられていた車のエアフィルターでの、フォールアウト核種モニタリングのパイロットプログラムが発足した。2011年春にサンフランシスコ・ベイエリアで採取された雨水の分析でストロンチウム90を探す試みもなされた。共著者の2人は、1986年のチェルノブイリ事故後にカリフォルニアで同様の測定を行っており、その結果は過去には公式発表されていないが、フクシマ事故との比較としてここで発表されている。最後に、2013年にフクシマで海に放出された汚染水の報告やこの近辺での懸念のため、ベイエリアの諸店舗から購入された魚や他の食品の測定が2013年に行われた。

1.大気サンプリング

2011年3月14日に、LBNL LBFの外に、0.3 μmのエアロゾル粒子を捕獲できる直径10.16 cmのHEPAフィルター付きエアサンプラーが設置され、稼働された。このエアサンプラーは現在も引き続き稼働されている。この論文には2012年末までの結果が要約されている。フィルター交換後1時間以内にラドン娘核種の定量化のために短時間の測定が何度か行われ、その後、核反応生成物の最初の到着から予期される大変小さなピークを検出する可能性を高めるために、終夜測定が続けられた。フィルターは最初は24時間ごとに交換され、その後、2日から一週間、そして一ヶ月ごとと、徐々に交換のタイミングが延長された。

3月15−16日に収集されたフィルターの終夜の測定は、ヨウ素131から放出されるガンマ線で最も強力である 364 keVにおいてとても小さなピークを検出したが、他の核反応生成物を伴っていなかったので、プルームの到着を公式にする証拠になり得なかった。3月16−17日のフィルターからは、テルル132とヨウ素131の両方が検出された。3月17−18日のフィルターからはヨウ素131(14.3 ± 0.1 mBq/m3)とテルル132(20.9 ± 0.1 mBq/m3)の最大値が検出された。3月23−24日のフィルターから検出されたヨウ素131(12.5 ± 0.1 mBq/m3)とテルル132(1.44 ± 0.03 mBq/m3)は二番目の最大値だった。(図1) 




図2:長期大気サンプリングの結果(2011年3月11日ー2012年末)



2.車のエアフィルター

2002年から、LBFは、国土安全保障への適用も視野に入れた放射性核種検出のパイロットプログラムとして、地元のバークレー警察署のパトカーのエアフィルターの分析を定期的に行ってきた。車のエアフィルターは、HEPAフィルターの3分の1の効率しか持たないが、それでも信頼性のある大気測定ができる。しかし、車のフィルターの使用は、もっと重要である定性分析を可能にする。決まったパトロール経路を走る公用車を使うことにより、実質すべての市のスクリーニングができる、低コストかつ既に配置済みのフィルター・ネットワークが存在することになる。

LBFでは、バークレー警察署から車のフィルターを2−3週間ごとに得ている。定期メンテナンス時にエアフィルターが交換され、オドメターの数値が記録される。LBFのパイロットプログラムでは、まず、車のメンテナンスショップで、ヨウ化ナトリウム検知器を用いたスクリーニングが行われ、グロスカウントが記録される。バックグラウンド以上のグロスカウントが検知されたフィルターは優先的に分析される。この調査では、フクシマ由来の放射性核種を含むフィルターでさえ、バックグラウンド以上の測定値が見られなかった。LBFに到着後のフィルターは、高純度ゲルマニウム検出器で核種分析される。LBNL LBFのオロヴィル支局での同様のプログラムと共に、1,500以上の車のエアフィルターが分析された。フクシマ事故前には、フィルターから検出された唯一の人工放射性核種は非常に微量のセシウム137であり、これは、20世紀半ばの大気圏内核実験の名残であるセシウム137が、地表の土壌粒子の再浮遊により捕獲されたものだった。

サンフランシスコ・ベイエリアでのフォールアウトは、大気中の他の自然放射性核種と同等であるが、図3(2011年4月7日測定の車のエアフィルターのガンマ線スペクトラム)で分かるように、いくつかのガンマ線のピークは、車のフィルターで非常に簡単に同定できた。



表A.3:図1と図3で表示されている放射性核種のガンマ線エネルギー、ソース、半減期



図4には、2011年3月の最初の放射能放出から2012年12月までのセシウム134、セシウム137、ヨウ素131とテルル132のカウント数が示されており、自然放射性核種の同時期のカウント数は図A.9に示されている。

図4

図A.9


車のフィルターのカウント数は実際の放射能の大気濃度に換算できるが、すべてのフィルターについての走行距離の情報が得られなかったので、ここでは定性分析を示す程度の意図で公表されている。図2のHEPAフィルターのデータと比較することにより、感度の目安が分かる。2011年3月11日から100日目頃に、図2でのHEPAフィルターのセシウム134とセシウム137の濃度は10 μBq/m3まで下がったが、図4で分かるように、車のフィルターでのセシウム134とセシウム137は、バックグラウンド以上の測定可能なカウント数を示した。また、図4では、2012年9月初めに分析されたフィルターにヨウ素131が再現するが、これはおそらく地元での医療行為の結果と思われる。このパイロットプログラムでは、ごく微量の放射線を検知できることが示された。市の中心部の高い建物に固定されたモニタリングポストだと、線源からの距離と希釈のため、そこまで微量な放出を検知しないかもしれない。しかし、この場合には、パトカーが、医療行為の一部として使われていたヨウ素131が放出されている病院の近くを走ったと思われる。ただ、ヨウ素131を含む短命核種は、定期メンテナンスの前に崩潰してしまうかもしれないので、車のフィルターでは検出が困難かもしれないということを心に留めておかなければいけない。

3.雨水測定

カリフォルニア州オロヴィル市でフクシマ事故後に雨水が採取された。図5にはベイエリア(イーストベイ)と、そこから120マイル(192 km)離れたオロヴィルでの雨水測定の結果が示されている。これによると、この2ヶ所での雨水の放射能濃度は驚くほど似ている。これは、北カリフォルニアでの数時間の間の降水には、放射能が均一して含まれていたことを示唆する。

図5:イーストベイ(中が空白の印)とオロヴィル(中が塗りつぶされている印)での雨水検体の放射性核種の比較。赤の下向き三角はセシウム134、緑の上向き三角はセシウム137、黒い丸はヨウ素131で、青い四角はテルル132。


4.ストロンチウム90

サンフランシスコ湾東部で2011年3月16−26日に採取された雨水の検体には、人工放射性核種のヨウ素131、ヨウ素132、テルル132、セシウム134、セシウム136とセシウム137が含まれていた。最大の放射能濃度は、3月24日採取のサンプル内の、16 Bq/Lのヨウ素131だった。この雨水の検体が、2012年夏にストロンチウム90検知のために再分析されたが、ストロンチウム90は検出されなかった。(注:原文には方法が詳しく説明してある。)

5.土と砂の検体

表A.4には、二組の敷地内の土壌検体の検査結果が示されている。最初の一組は1998年の検体で、建物90と建物72の傍の、1940年半ばに大気圏内核実験が始まる前から手が付けられていない地表から採取されたもので、二組目は、建物90の傍の、同じく手を付けられてない地表と、建物72の駐車場の脇の、1970年代後半に改装が行われた時に露出した地表の検体である。

表A.4

1998年の検体からセシウム134が検出されないことから、セシウム137は20世紀半ばの大気圏内核実験由来だと分かる。この調査で発表した大気モニタリングの結果から、この検体採取地にはほぼ同量のセシウム134とセシウム137が沈着したことが示されるので、2011年4月の検体から検出されたセシウム134によって、フクシマ事故由来のセシウム137を推計することができる。

敷地内のアスファルト道路の傍には、普段から年に2回、道路表面から剥がれた粒子が堆積する場所から検体が採取されるが、表A.5にはここから採取された堆積物の測定結果が示されている。雨水が道路から流れて来る場所なのでここの堆積物の放射能濃度はしばしば上昇することがある。採取された1−2kgの堆積物は、空気乾燥後にふるいにかけられ、16分の1インチのメッシュスクリーンを通ったものだけが検体として分析される。このように最終的に分析されるのは、大体、採取された分量の8割である。

表A.5


6.2013年10月の食品測定

2013年の間も福島原発から放射能が漏れているため、様々な食品検体の分析が行われた。メディア報道の多くが海への汚染水放出が継続されていることに関連していたため、特に魚に重点が置かれた。

2013年9月に、サンフランシスコ・ベイエリア付近の色んな店舗から、太平洋で獲れた魚やその他の食品が購入された。魚やヨーグルトのように水分がかなり多い食品は、最初に焼いて全体的な重量を減らし、扱いやすいようにしたが、水分を含んだ重量が記録され、分析で使用された。結果は表A.6に示されている。

表A.6

太平洋の魚のほとんどにセシウム137が含まれており、最大値はフィリピン産マグロの0.24Bq/kgだった。フクシマ由来核種の存在を示すセシウム134が検出された検体はなかった。ゆえに、検出されたセシウム137は、核実験などの過去の活動に由来する。また、すべての検体に、もっと高いレベルの自然放射性核種のK40が含まれていることに注目するべきである。セシウムとKが周期表で同列であり、色んな体組織や鉱物への親和性が似ているため、セシウム137とK40の比較は役に立つ。例えば、フィリピン産マグロには、セシウム137の放射能の400倍以上である、105 Bq/kgのK40が含まれていた。このような比較は、セシウム137の公衆への危険性の比較を評価する際に、バックグラウンド放射線量と直接比較できるので便利である。表A.6の最後の項目は、2011年4月に採取された、フクシマフォールアウト由来のセシウム134とセシウム137を吸収した雑草である。この雑草は、放射能が草の内部まで入り込んでいるのか、それとも表面汚染なのかを決めるために、加熱され、念入りに洗浄された。その結果、放射能は雑草の中に吸収されているのが分かった。この雑草は、2013年10月に、比較対象である表A.6の他の食品と一緒に再分析された。そして、2013年11月には、図6に示されているように、フィリピン産まぐろと共に低バックグラウンド法を用いて再分析された。結果は表2に示されている。

図6

表2

この雑草は、フクシマフォールアウトのプロキシとして使われ、セシウム134/セシウム137の比率が、我々の食品検体から検出されたセシウム137と比較された。その結果、もしもセシウム137が実際にフクシマ由来であったなら、検出下限値以上のセシウム134も簡単に検出されたであろうと確認された。ゆえに、今回検出されたのは、フクシマ以前の過去のセシウム137のみだと分かった。米国食品医薬品局(FDA)の食品での派生介入レベル(Derived Intervention Level, DIL)は、現在、セシウム134とセシウム137合算で1,200 Bq/kgである。測定された食品全部におけるセシウムはその千分の一以上少なかったので公衆への懸念はない。そして、自然ガンマ線核種、特にK40よりずっと少なかった。他にフクシマ由来核種を魚から検出した研究(これこれ)ではさらに、マグロに含まれているセシウム134とセシウム137の最大値を摂取することによる被ばく線量が、ポロニウム210からの被ばく線量と比べて絶対的にわずかであることを示した

7.チェルノブイリとの比較
7.1 チェルノブイリの大気モニタリング

1986年のチェルノブイリ事故後に、LBFでは同様の大気モニタリングが行われた。その結果は図7に示されている。フクシマ由来核種に加え、ルテニウム103(半減期39.26日)の放出が長期にわたって起こった。このモニタリング結果によると、ベイエリアでの最大値は、1986年5月5日に起こり、テルル132が16.6 ± 0.1 mBq/m3、ヨウ素131が95.6 ± 0.5 mBq/m3、セシウム134が23.4 ± 0.3 mBq/m3、セシウム137が41.8 ± 0.4 mBq/m3、ルテニウム103が25.3 ± 0.5 mBq/m3だった。 

図7

チェルノブイリ事故とフクシマ事故由来のフォールアウト核種の最大値を比較すると、カリフォルニア州サンフランシスコ市のベイエリアで測定されたチェルノブイリのフォールアウトがフクシマフォールアウトの10倍以上だというのが簡単に分かる。

7.2 チェルノブイリの食品モニタリング

1980年代後半には様々な輸入食品と国産の食品の測定が行われた。この研究は過去に公表されていないが、ここで要約する。チェルノブイリのフォールアウト核種が食品から検出されているという報告が続いたので、サンフランシスコ市ベイエリアで入手できる輸入食品が約50品目測定された。21の欧州諸国からの検体と、米国からの4検体が含まれていた。結果は表A.7に示されている。




多くの食品ではバックグラウンド以上の放射能は検出されなかったが、検出された場合、セシウム134とセシウム137が唯一の残存核反応生成物だった。この2核種の由来を検証するために、セシウム137/セシウム134比率によって放出時期が推定された。1987年10月の段階で、セシウムが検出された食品のうち、1品目を除いたすべての食品でセシウム137/セシウム134比率は2.95 ± 0.30だった。チェルノブイリ事故当日の1986年4月25日に補正したら、この比率は1.88 ± 0.19となり、図7の事故直後のフォールアウトの比率の1.90±0.08と整合した。食品から検出されたセシウムは、75 pCi/g(2,800 Bq/kg)から軽減されたその当時の最大許容限度である10 pCi/g (370 Bq/kg)より少なかった。これらの測定値の食品を1日2 kg摂取した場合の被ばく線量が推定されたが、両核種の生物学的半減期が70日であることを考慮し、平衡状態でのセシウム134は0.5 μCi/g(20,000,000 Bq/kg)、セシウム137は1.5 μCi/g(56,000,000 Bq/kg)となり、当時の非原子力作業員の基準であった、2.0 μCi/g(74,000,000 Bq/kg)のセシウム134と3.0 μCi/g(110,000,000 Bq/kg)のセシウム137よりもずっと少なかった。

アレクセイ・ヤブロコフ博士よりビクトル・イワノフ教授への返答


前記事で、首相官邸災害対策ページ内の原子力災害専門家グループのコメントのひとつである、ロシアのビクトル・イワノフ教授からのメッセージ(仮訳:山下俊一)を紹介した。

以下、抜粋。

「2011年3月の地震と津波という災害から3年近くが経過し、大規模な甲状腺超音波スクリーニングが行なわれた結果、福島県では子ども達の間に甲状腺癌が発見されました。当然ですが、「発見された甲状腺癌症例は、福島事故による放射線被ばくと関連があるのでしょうか?」という疑問が起こります。
  この疑問に答える為に、権威ある科学雑誌に出版されているチェルノブイリ事故後の小児甲状腺癌の疫学調査研究の主要な見解を検証してみましょう。
  1. 放射線誘発小児甲状腺癌の潜伏期は5年以上である。
  2. 放射性ヨウ素 (I-131) による甲状腺被ばく線量が150~200mGy以下では小児甲状腺癌の有意な増加は検出できなかった。
  3. 大規模なスクリーニングを行なった場合、甲状腺癌の発見頻度はチェルノブイリ事故により汚染されたか否かに関係なく、いずれの地域でも6~8倍の増加がみられた。

  以上3つの(チェルノブイリでの)疫学研究の結果から、福島県で発見された小児甲状腺癌は福島での原発事故により誘発されたものではないと一般的に結論できます。同時に、被ばく線量の推計と福島県民の放射線発がんリスクの可能性についての評価を続ける必要はあります。」
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ロシアのアレクセイ・ヤブロコフ博士とのメールのやりとりの中で、このメッセージ内の「チェルノブイリでの疫学研究の3つの結果」についての返答を、ご自分のブログにアップしていることをご教示頂いた。機械翻訳された英訳に手直しし、ヤブロコフ博士に確認を取った上で和訳したものを紹介する。

1.放射線誘発小児甲状腺癌の潜伏期は5年以上である。

ヤブロコフ博士「チェルノブイリ事故が放射性核種による汚染を引き起こした2年後に、異常に多数の甲状腺機能障害が見られた。甲状腺癌の顕著な増加が最初に報告された時、医学界の公式な代表者らは、イワノフ教授が福島県民に関して述べたのと同じことを言った。しかし、チェルノブイリ大惨事の4年後には、普通の医師らでさえ、増加し続ける甲状腺癌症例が放射線核種のせいであると認め始めた。」

2.放射性ヨウ素 (I-131) による甲状腺被ばく線量が150~200mGy以下では小児甲状腺癌の有意な増加は検出できなかった。

ヤブロコフ博士「放射線誘発性の癌がヨウ素131被ばく量が150 mGy以上でないと起こらないというのは間違いである。まず最初に、ヨウ素131の甲状腺吸収量の計算の正確さは低い。2番目に、甲状腺癌は、ヨウ素131による汚染以外に、ヨウ素132、ヨウ素135、テルル129m、テルル131mとテルル132によっても引き起こされる。物理的法則に基づくと、これらの短命核種はすべてフクシマからの放出に含まれていたに違いない。」

3.大規模なスクリーニングを行なった場合、甲状腺癌の発見頻度はチェルノブイリ事故により汚染されたか否かに関係なく、いずれの地域でも6~8倍の増加がみられた。

ヤブロコフ博士「これは半分だけしか本当でない。チェルノブイリ事故後、甲状腺癌発症率の増加は、『放射能汚染地域と非汚染地域の両方で』見つかった。(一過性であり無視されている短命核種による汚染を考慮すると、『非汚染地域』というのは、より正確には「低汚染地域」と呼ぶべきである。)実際には、ベラルーシとウクライナで、(日本でのように)長命核種によって汚染された地域では、事故後4年目の甲状腺癌の症例数は、汚染が比較的少ない地域より顕著に多く、その後20年間も引き続き多かった。(参考文献:『調査報告 チェルノブイリ被害の全貌』)

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どうやら、イワノフ教授は、鈴木眞一氏が彼の論文に言及している理由を十分にご存知だと思わざるを得ない。

鈴木眞一氏のロシア論文引用発言の疑問点への質問と回答・未回答


2014年2月7日に開催された、第14回福島県「県民健康管理調査」検討委員会の記者会見の動画がこちらで紹介されている。この記事で言及された、福島県立医科大学医学部甲状腺内分泌学講座教授 鈴木眞一氏が「最近実施された被曝影響の無いロシアの子どもの検査でも4千~5千人に1人がんが見つかっている」と引用したロシア研究論文について、医療ジャーナリストの藍原寛子氏が質問されている。(質問の一部はこの件には無関係ではあるが、重要なので書き起こしてある。)

部分書き起こし

15分15秒〜
藍原寛子氏「ジャパンパースペクティブニュースの藍原です。二点、鈴木先生にご質問したいと思います。今のお話は、前回、先生が記者会見でおっしゃった、被ばく影響のないロシアの子どもの検査でも、4000人から5000人に1人で癌が見つかっているというお話があって、その出典はIvanovさんという方のリサーチだと思うんですけど、それを今回の検討委員会に適応・対応した理由とか説明がないので、色々と数字が一人歩きして混乱していると思うので、後日でもいいのでその採用された研究と理由・背景をひとつご提供頂きたいというのが一点。

もう一点は、この検討委員会では、独自の何の利害関係もない倫理委員会というものを立ち上げるようなご検討はなされておるのでしょうか?というのは、過去の放射能の災害の健康被害では、検査すれども治療せず、という問題があって、今回は検査も治療もしているのだけども、十分な検査・治療がなされていない感じ。例えば、ビキニ被ばくでは、被ばくした人達を皆、アメリカ本国に連れて行って、特定の医療機関で治療していたというような問題があります。今回、私がお聞きしたい理由としては、つまり、検査と治療と研究が、同じ福島県立医科大学で行われているということで、今回、厚労省が、ヒトゲノムの遺伝子解析の倫理委員会の指針を改訂しましたけども、その中でもセカンド・オピニオンに関する部分が非常に手厚くなっています。検査からも調査からも治療からも自分達の機関を選定できるという自由な選択が必要なのですが、今回、検査と治療をやっているところで研究が入る事になると、それは自由な選択っていうものを狭めてしまうのではないか?つまり、もうあなたは癌でした、疑いでした、という段階で、非常に患者さんは身柄を捉えてられる所にあるわけで、手術を他の東北大などの別の色んな病院で選択できるということが可能になっていないのではないかというのがひとつ疑問にあるということと、また、今回その指針に沿っているということを、改めて確認させて下さい。」

星座長「あの、ちょっと今日の議論とかなりずれているので、その準備をしていないというのと、それから、質問の意味が十分に私にも理解できないんですけども、医大の中の研究については、医大の倫理委員会を通っているという説明が最初にありまして、我々はそういった理解でデータのエントリーをしていますし、検査のエントリーを見ています。従いまして、そのご質問にお答えするとしたら、また別の場面でということにせざるを得ないかと思いますので、次の質問をお願い致します。」

会場からブーイング。

男性の声:「県が主催として調査をやっていて、県立医大でなくて。検討委員会がそれを検討するわけですが、星座長の意見でいいから聞かせて下さい。」

星座長「独立した倫理委員会については、今、ご意見を頂いて、なるほどと言うことがあれば私も検討します。今は、詳細、つまり、どういうことが問題になっているかについて、私も理解する必要があります。(後略)」

(質問者なのか司会者なのか不明)「すいません、資料につきましては、その度に新しいものが、まとまったものが出たら出しているということでよろしいでしょうか?」

25分24秒〜
藍原氏「先程の、鈴木先生にお願いした、4000人から5000人についての資料なんかは、ご検討頂けますか?」

25分34秒〜
鈴木氏「あの、答えてよろしいでしょうか?あの、お出しできますし、あの、もう既に、(筆者注:左の方の誰かを見て、「かん」と小声で言われた)ある所に、ホームページにも、その人のコメントも載せてありますので、後ほど、それはお出します。もうペーパーにもなってますし講演でも話されてるし、同じようなこの超音波のシステムで同じような精度で大規模にスクリーニングを続けているということで、採用に値するというのは、そういうことでございます。古い論文ですと比較はできない。現在、放射線の影響もない所も含めて、同じようなスクリーニングを続けている人のデータで、ロシアはそういうことをずっと続けてますので、そういうことで、最新のデータで分かっていると言う事でございます。あと、先程の大学の件ですけど、それとこの県民調査とは関係ありませんし、我々は、この手術での話をしているのではありません。私どものが手術をする施設でありますので、そういう所で患者さんになった人に対してそういう研究をしているということで、この県民健康管理調査の人を大学で倫理委員会を通して検討するということを言ってることとはちょっと違います。ただ、私どもは甲状腺を専門にしているので、手術をした方がどこで手術をされたかというのは、一切、今公表してませんので、その話と、私どもの所で治療してるしていないはまた別の話で、私どもは、通常業務で甲状腺の診療をしていますので、その中に、今、関心が高まっている小児の方がいれば、そういう検討も今後学問としてして行くというのが、通常の大学の仕事としてのひとつ。その事と、この検討委員会でやってる仕事がストレートに続いていないので、ここで倫理委員会を通すとか通さないとかの話ではありませんし、それとは全く違って、大学に入院をされてきて治療をされた方に対しての検討ですので、これは別にお考え下さい。以上です。」

(部分書き起こし以上)
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鈴木氏が、「ホームページにその人のコメントが載せてある。」と発言されたので、福島県の県民健康管理課のホームページ、そしてふくしま国際医療科学センター・放射線医学県民健康管理センターのホームページおよびその研究者向け英語サイトをチェックしたが、それらしきコメントは見られなかった。

「福島 甲状腺癌 イワノフ」というキーワードで検索したら、一番最初に出て来たのが、下記の首相官邸災害対策ページ内の原子力災害専門家グループからのコメントのひとつだった。鈴木氏が小声で「かん」と言われたのは、「官邸ホームページ」のことだったのだろうか?下記に全文を転載する。

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福島県民の皆様へ(仮訳:山下俊一)

 ビクトル・イワノフ教授からメッセージが寄せられましたので、以下、ご紹介いたします。なお、原文は、当グループ英語版に掲載 (Dear residents of the Fukushima Prefecture (January 14, 2014))してあります。

ビクトル・イワノフ教授
ロシア医学アカデミー準会員
ロシア放射線防護科学委員会委員長
放射線疫学研究訓練に関する世界保健機関協力センター・センター長

  私、ビクトル・イワノフはロシアのオブニンスクにある保健省管轄の医学放射線研究センターの副所長で教授であり、公衆と原発作業者の放射線防護に関する専門家です。2014年の新年を迎えたこの特別な機会に、福島の現状を論理的に理解し、福島における小児甲状腺癌に関する放射線リスクについての誤解や根拠の無い偏見を避ける為に、私たちの経験とデータを日本国民の皆様方と共有できればと思います。

  私は、1986年4月チェルノブイリ原発事故の直後から、事故の影響の軽減と、一般住民とソ連全土からチェルノブイリ原発施設に動員された除染作業者らを含む関係者の全ソ連登録システムの構築に参画してきました。この登録制度は1986年夏には速やかに整備されました。1991年冬までの5年間、ソ連が崩壊した年までには、登録データベースには約65万9千人の個々人の医療と被ばく線量に関する情報が保存され、そのうち34万2千人が、周辺の汚染地域に居住する住民データでした。このデータベースの構築は、日本の専門家との密接な協力で可能となったものです。現在では、ロシア政府による放射線疫学登録制度として、チェルノブイリ事故の影響を受けた約70万人が追跡調査の対象となっています。

  私は、2011年から、海外専門家の一人として福島事故の健康影響の予測に携わっています。日本とウィーンで開催された福島での事故に関する国際会議にも参加しました。2011年9月には福島第一原発、福島県の被災地域などを訪問し、住民の方々とも直接接しました。チェルノブイリ事故により被災したロシアの人々を27年間追跡調査してきた私自身の知識と経験から、チェルノブイリのデータに基づいて、福島県の被災者と原発作業員への事故の健康影響が予測出来ると思います。

  2011年3月の地震と津波という災害から3年近くが経過し、大規模な甲状腺超音波スクリーニングが行なわれた結果、福島県では子ども達の間に甲状腺癌が発見されました。当然ですが、「発見された甲状腺癌症例は、福島事故による放射線被ばくと関連があるのでしょうか?」という疑問が起こります。

  この疑問に答える為に、権威ある科学雑誌に出版されているチェルノブイリ事故後の小児甲状腺癌の疫学調査研究の主要な見解を検証してみましょう。


  1. 放射線誘発小児甲状腺癌の潜伏期は5年以上である。
  2. 放射性ヨウ素 (I-131) による甲状腺被ばく線量が150~200mGy以下では小児甲状腺癌の有意な増加は検出できなかった。
  3. 大規模なスクリーニングを行なった場合、甲状腺癌の発見頻度はチェルノブイリ事故により汚染されたか否かに関係なく、いずれの地域でも6~8倍の増加がみられた。

  以上3つの(チェルノブイリでの)疫学研究の結果から、福島県で発見された小児甲状腺癌は福島での原発事故により誘発されたものではないと一般的に結論できます。同時に、被ばく線量の推計と福島県民の放射線発がんリスクの可能性についての評価を続ける必要はあります。

  以上のような科学的な根拠から大きな健康影響はないと予想されます。しかしながら、福島での事故は、他の放射線事故と同様に、重大な精神的・社会的な問題の原因となりえます。
  科学的事実に基づく私のコメントが、皆様の健康影響への不安を軽減し、ストレスによる疾病の予防に役立てばと期待しています。恐れではなく、自信をもって前向きに将来を目指して頂きたいと念願します。

山下 俊一
福島県立医科大学 副学長
長崎大学 理事・副学長(福島復興支援担当)
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これが鈴木氏が言及された「コメント」だろうか?それであるなら、該当論文内に「被ばく影響のないロシアの子どもの検査でも、4000人から5000人に1人で癌が見つかっている」と言及されていたか否かの情報は見られない。

「被ばく影響のないロシアの子どもの検査でも、4000人から5000人に1人で癌が見つかっている」という論文を採用した理由と背景の提示を求めた藍原氏の質問に対しては、鈴木氏は一応回答しているとは言える。しかし、その論文が「被ばく影響のないロシアの子どもの検査でも、4000人から5000人に1人で癌が見つかっている」という主旨の論文でないという問題が未解決である。Ivanov氏は、この論文がそのように言及されているのをご存知で、同意されているのだろうか?

鈴木眞一氏のロシア論文引用発言に関する疑問点は解決されるのか?


2014年2月7日(金)13時30分から、第14回福島県「県民健康管理調査」検討委員会が開催される。今回、2013年11月12日に開催された第13回福島県「県民健康管理調査」検討委員会の記者会見での福島県立医科大学医学部甲状腺内分泌学講座教授 鈴木眞一氏の発言のひとつについての疑問点が解決されることになるのだろうか?

ツイッター上でのまとめサイトの情報に基づいて、下記にその疑問点を説明する。

まず、第13回検討委員会の翌日、朝日新聞デジタル版に下記の記事が掲載された。(以下転載)

子の甲状腺がん、疑い含め59人 福島県は被曝影響否定
2013年11月13日06時33分

【野瀬輝彦、大岩ゆり】東京電力福島第一原発事故の発生当時に18歳以下だった子どもの甲状腺検査で、福島県は12日、検査を受けた約22・6万人のうち、計59人で甲状腺がんやその疑いありと診断されたと発表した。8月時点より、検査人数は約3・3万人、患者は疑いも含め15人増えた。これまでのがん統計より発生率は高いが、検査の性質が異なることなどから県は「被曝(ひばく)の影響とは考えられない」としている。


 県は来春から、住民の不安にこたえるため、事故当時、胎児だった約2万5千人の甲状腺検査も始める。


 新たに甲状腺がんと診断されたのは8人、疑いありとされたのは7人。累計では、がんは26人、疑いが33人。がんや疑いありとされた計58人(1人の良性腫瘍〈しゅよう〉除く)の事故当時の年齢は6~18歳で平均は16・8歳。


 甲状腺がんはこれまでで10万人あたり12人に見つかった計算になる。宮城県など4県のがん統計では2007年、15~19歳で甲状腺がんが見つかったのは10万人あたり1・7人で、それよりかなり多い。ただし、健康な子ども全員が対象の福島の検査の結果と、一般的に小児は目立つ症状がないと診断されないがんの統計では単純比較できない。


 ただ、チェルノブイリでは、原発事故から4~5年たって甲状腺がんが発生しており、複数の専門医は「被曝から3年以内に発生する可能性は低い」と分析している。県は被曝の影響とは考えにくい根拠として、患者の年齢分布が、乳幼児に多かったチェルノブイリと違って通常の小児甲状腺がんと同じで、最近実施された被曝影響の無いロシアの子どもの検査でも4千~5千人に1人がんが見つかっていることなどを挙げている。(転載終わり)


***
物議を醸し出しているのは下記の文章である

「県は被曝の影響とは考えにくい根拠として、(中略)最近実施された被曝影響の無いロシアの子どもの検査でも4千~5千人に1人がんが見つかっていることなどを挙げている。」

これは検討委員会後の記者会見での鈴木眞一氏の発言(26分10秒より)に基づいている。議事録には収録されていない。
“今あのチェルノブイリで、放射線の影響が無い子供たちの、超音波のスクリーニングをした中でも、だいたいあの、たしか4,5…ちょっと今数字正確には忘れましたけど、4,5千名に1名と大きな乖離は無いというような値を得ていますので、最近そういう発表が論文でありましたので、ロシアの方から” (みーゆさんの2013年11月17日のツイートより)




福島医大によると、「最近実施された被曝影響の無いロシアの子どもの検査」というのは、このIvanovらによる有料論文のようである。

”Radiation-epidemiological studies of thyroid cancer incidence in Russia after the Chernobyl accident (estimation of radiation risks, 1991–2008 follow-up period)”
「チェルノブイリ事故後のロシアにおける甲状腺がんの放射線疫学研究(放射線リスク推定、追跡期間1991−2008年)」







  • アブストラクト和訳:
    この研究は、チェルノブイリ事故の影響で最も汚染がひどかったブリャンスク、カルーガ、オリョールとトゥーラ州の住民における甲状腺がん罹患率の分析である。追跡期間は1991年から2008年で、コホートサイズは309,130人である。この追跡期間中、978人に甲状腺がんが見つかった。1グレイあたりの過剰相対リスク(ERR/Gy)は、事故当時の子どもとティーンエイジャー(0〜17歳)で統計的に有意であった(ERR/Gy=3.22; 95%信頼区間1.56、5.81)。男児におけるERR/Gyは6.54で、女児の’2.24よりも高かった。被ばく後の時間的経過に伴う、統計学的に有意なERR/Gyの減少は、10年につき0.37倍であり、コホート全体と男児でそれぞれ見られたが、女児では見られなかった。被ばく時に18歳以上だった人達では、甲状腺がんの放射線リスクは見られなかった。

    (この論文の引用和訳についてはこの記事の巻末を参照のこと)

    ***


    子の甲状腺がん、疑い含め59人 福島県は被曝影響否定◆朝日 http://t.co/cdpJawQ5Al  初めて見たけど、11月13日の記事とのこと。 この記事に出てくる数字がおかしい
    おかしいのは 「最近実施された被曝影響の無いロシアの子どもの検査でも4千~5千人に1人がんが見つかっている」 の部分。この記述の元ネタは2012年の Ivanov らの論文 https://t.co/HUHwPjguTf との噂。この論文には、こんなことは書いてない。
    この論文に書いてあるのは「子どもの検査」ではなく、「“チェルノブイリ事故時に” 0-17 歳の子どもだった人の検査」。調査期間は 1991-2008 年。2008 年というのは事故の 22 年後なので、0-17 歳の子どもだった人たちは既に 22-39 歳になっている。
    もう、すっかり大人である。「4千~5千人に1人」という大きい値が出ているのは、このため。

    確認のため、論文に示される数値から年間の罹患率を大雑把に求めてみる。

    論文の Table 2 より、最低線量区間 0-0.05 Gyでの両性の症例数は49、人年は 288218。これより、平均の年間罹患率は大雑把に 5900人に1人程度。同じことを Table 5 の女性の数値を使って行うと、平均の年間罹患率は 3700人に1人程度。 以上。”

    論文のTable 2(表2)の和訳はこのようである。

    表5の和訳はこれである。



    私は、この発言は間違いなんじゃないかと思ってる。 → 朝日新聞「子の甲状腺がん、疑い含め59人 福島県は被曝影響否定」の数値がおかしい http://t.co/uXmr3Gz07F

    これの件で鈴木眞一さんと朝日新聞にメールを送信 → “朝日新聞「子の甲状腺がん、疑い含め59人 福島県は被曝影響否定」の数値がおかしい” 

    ***

    しかし、みーゆさんの質問メールに対して、鈴木眞一氏からの答えはなかった。
    さらに、2013年12月21日に福島県白河市で開催された第3回「放射線の健康影響に関する専門家意見交換会 "甲状腺"を考える」においても、鈴木氏はこの論文に言及している。 (46分くらいより)



    鈴木氏には、ぜひ、このIvanov研究論文を引用する妥当性について説明して頂くか、もしくは別の論文を提示して頂きたい。

    ***

    Ivanovらによる「チェルノブイリ事故後のロシアにおける甲状腺がんの放射線疫学研究(放射線リスク推定、追跡期間1991−2008年)」引用和訳

    ロシア保健・社会開発省の国立医学放射線研究センターでの研究。 1991年から始まったチェルノブイリ登録のロシア部門はロシア国立医学・線量登録(RNMDR)で、RNMDRデータベースには、現在、689,000人の医学的および線量データが含まれる。このうち190,000人は緊急作業員で、433,000人は、ロシアで汚染された4州(ブリャンスク、カルーガ、オリョールとトゥーラ州)の住民である。

    この研究では、RNMDRコホートデータを使い、1991年1月1日から2008年12月31日の追跡期間中の甲状腺がん誘発の放射線リスクが推定された。 1991−2008年期間の309,130人のコホートで993人に甲状腺がんが見つかった。このうち247人は小児で、746人は成人だった。

    臨床的に診断されたのは、子どもとティーンエイジャーの8.5%と成人の10.5%のみだった。残りは細胞診断(小児の89%、成人の79%)、もしくはアイソトープ法、エコー検査か他の診断方法で見つかった。

    図1では、小児の甲状腺がん患者の分布関数に、線量が高い方へのシフトが見られ、放射線リスクが存在することを示している。図2の成人の分布関数はその反対で、おそらく成人では放射線リスクがないことを意味する。 



    RNMDRで登録された247人の小児甲状腺がんのうち、61人は男児で186人は女児だった。追跡期間全体での平均放射線リスクは、リスクモデル1と2(被ばく後の経過時間により平均されたリスクモデル)ではERR/Gy=3.22(95%信頼区間1.56; 5.81)

    リスクモデル4(被ばく後の経過時間を過剰相対リスクの交絡因子としたリスクモデル)の被ばく後15年目の中央推定値はERR/Gy=3.58(95%信頼区間1.61;5.57)だった。

    表1では、小児におけるERR/Gyの被ばく後経過時間への依存性が統計学的に有意(p=0.006)であるのが示されており、被ばく後5年後から15年後の間にERRが0.37倍に減少したことがわかる。 



    男児と女児が別々に分析された場合(表3)でも、ERRの被ばく後経過時間への依存性は統計学的に有意(p=0.04)であった。 


    図4と5では、男児と女児における甲状腺がんと、健康なコホートの累積分布関数が示されているが、健康なコホートと甲状腺がん患者の放射線被ばく量の差異は、男児のみで見つかった。

    表3から、甲状腺がんの男児の平均被ばく線量は250mGyで、健康なコホートの178mGyよりもかなり大きい事が分かる。女児での平均被ばく線量は、甲状腺がんの患者で218mGyと、健康なコホートの196mGyより高かった。

    表3によると、リスクモデル1と2では、ERR/Gyは男児6.54、女児2.24、リスクモデル4では、男児6.70、女児2.68と、どちらでも男児が女児の約3倍だった。また、リスクモデル3による相対リスクは、甲状腺被ばく線量が250mGy以上だと統計的に有意になった。

    甲状腺がん発症率のベースラインモデリング、特に時間依存性は、明らかに、幼少期の放射性ヨウ素被ばく後の放射線リスクの数量的推定において重要な役割を果たし得る。チェルノブイリ事故で汚染された地域でのエコー検査と症例数報告の増加は、スクリーニング効果と甲状腺がんの初期診断に繋がった。

    ウクライナとベラルーシの高線量汚染地域の子どもとティーンエイジャーにおける甲状腺がんのベースライン発症率は、汚染がひどくない地域の4倍近くになった。

    この研究では、ロシアの一般統計と比べるとさらに高いベースライン発症率が見られ、成人では約4倍、小児では約8倍だった(表1のSIR、標準化罹患比)。ロシアにおける甲状腺がんのベースライン発症率は将来の疫学研究でさらに調査されるべきである。 

    引用和訳で言及されなかった図表 
    表2 チェルノブイリ事故当時の小児(0−17歳)の甲状腺がん相対リスクの推定、リスクモデル(3)

    表4 チェルノブイリ事故当時に0−17歳だった男性の甲状腺がん相対リスクの推定、リスクモデル(3) 

    表5 チェルノブイリ事故当時に0−17歳だった女性の甲状腺がん相対リスクの推定、リスクモデル(3)

    図6&7 線量区分による甲状腺がん発症率相対リスク、図6が男児、図7が女児 


    メモ:2024年2月2日に公表された甲状腺検査結果の数字の整理、およびアンケート調査について

      *末尾の「前回検査の結果」は、特にA2判定の内訳(結節、のう胞)が、まとめて公式発表されておらず探しにくいため、有用かと思われる。  2024年2月22日に 第50回「県民健康調査」検討委員会 (以下、検討委員会) が、 会場とオンラインのハイブリッド形式で開催された。  ...